6月に全面公開!名古屋城の本丸御殿が実はスゴイ!

丹野みどりのよりどりっ! / Chubuネタ

『丹野みどりのよりどりっ!』の「オトナのたしなみ講座」コーナーでは、大人が知っておきたい、知っておくとタメになる知識を専門家の方に伺っています。

5月18日は「名古屋城のたしなみ」というテーマで、今回もお話を伺った"専門家"は、名古屋城のことがとても詳しいという一宮市在住の小学5年生、鵜飼航(うかい・こう)さん。

航くんは公益財団法人・日本城郭協会が主催する「第16回城の自由研究コンテスト」で、『「尾張名古屋は城でもつ」は本当か?これであなたも名古屋城博士』というタイトルの研究発表で、最高の賞である文部科学大臣賞を受賞しています。

本丸御殿は何のために作られた?

まずは名古屋城の本丸御殿について解説していただきました。

なお、過去2回の講座については、こちらでご覧いただけます。(第1回「目からウロコの名古屋城トリビア。専門家はなんと10歳!」、第2回「10歳の名古屋城博士が解説!石垣でわかる徳川家の力」

本丸御殿は昭和20年(1945年)に空襲で1回燃えてしまったために国宝から外されましたが、2009年から復元工事が始まり、いよいよ今年の6月8日に全面公開されます。

そもそも、本丸御殿が建てられた目的は何でしょうか。

鵜飼さん「本丸御殿は名古屋城が作られた時に、お仕事をするために作られたんですけど、お仕事されていたのはたった4年間で、それからは二の丸御殿という所でお仕事をしちゃってるんです」と説明しました。

二の丸御殿は明治時代に取り壊されたために今はないということですが、本丸御殿の方はというと、実際には将軍などが泊まる宿舎として使われていたそうです。

丹野「お仕事って、例えばどういうお仕事がそこでなされていたんですか?」

鵜飼さん「いろんな人と対面したりとか。書き物などもしたと思います。よく時代劇とかではお殿様が天守に登って見てることってあるじゃないですか。(実際には)ほとんどなくて、ほとんど本丸御殿にいたんですよね。だから天守に登ることはそうそうなかったんです」

高いくらいのお殿様が、高い天守にいる方が何となくしっくりくるイメージがありますが、実際にはそこまで居なかったということのようです。

日本を代表する本丸御殿

仕事場としては使用されていなかった本丸御殿ですが、かなり立派な物だったようです。

鵜飼さん「本丸御殿は上洛殿などが豪華で、これは将軍の徳川家光が来るためにわざわざ作ったんです」

丹野「だから絢爛豪華な贅を尽くした作りになっている?」

鵜飼さん「はい。本丸御殿は二条城と並ぶ代表的な御殿なんです。入口を見ると似ていて、同じ書院造なんです」

丹野「書院造っていうのは、美しいですか?」

鵜飼さん「書院造のお寺に行くと、綺麗だなって思ったりします」

丹野「私は小学校の社会の教科書で"書院造"という所にラインマーカーを引いて、テストに出たら答えられるぐらいのレベルしか知らなかったけど……」

単に名古屋城の1つの建物が復元されるのかという話ではなく、国宝の京都二条城二の丸御殿に匹敵する建物が復元されるわけですね。

信長が茶席で秀吉に言ったこと

名古屋城について、もう1つ話をしたいことがあるそうです。

鵜飼さん「御深井丸(おふけまる)というところに、織部・猿面・書院・又隠(ゆういん)と4つ茶席があって、そのうちの猿面茶席っていうのは、織田信長が柱の削り目を見て、豊臣秀吉に『汝の面の如し』と言って笑ったという逸話があるんです」

「猿面」という名前は文字通り、柱が猿の顔に似ている所から来ているようです。

茶席は現在の御深井丸展示館の近くにあるそうですが、結構気付かずに素通りしてしまう人もいるそうです。

ちなみに茶席は一般公開はしていませんが、お茶会や結婚式で予約利用はできるそうです。

名古屋城の講座はここまでですが、さっそく番組宛てに感想が届きました。

「航くんの声を聞くとあどけないんですが、知識は大人顔負けですね。私が10歳の頃に詳しく語ることができたのは、ウルトラマンかドラえもんぐらいでした」(Aさん)

「名古屋城本丸御殿を説明するのに、二条城を出してくるなんて凄いですね。私も大学は史学科だったんですけどね……脱帽です!」(Bさん)

自分の10歳の時は、こんなに研究はできてはいなかったな……と思わず反省してしまいました。
(岡本)
この記事をradikoで聴く

2018年05月18日16時39分~抜粋

この記事をシェアする

あなたにオススメ

アーカイブ

同じカテゴリー

×