10歳の名古屋城博士が解説!石垣でわかる徳川家の力

丹野みどりのよりどりっ! / カルチャー

5月11日の「オトナのたしなみ」の講師はなんと10歳。一宮市の小学5年生の鵜飼航(うかいこう)くんです。

航くんは第16回「城の自由研究コンテスト」において『「尾張名古屋は城でもつ」は本当か?これであなたも名古屋城博士』というテーマで、最高賞の文部科学大臣賞を受賞しました。

そんな鵜飼先生による名古屋城講座、今回はまず石垣についてです。生徒はパーソナリティの丹野みどりです。

石垣のひみつ



鵜飼先生「この城を作ったのは徳川家康で、大阪にいたという豊臣秀頼を倒すために大阪包囲網を作った。そのひとつがこの名古屋城です。名古屋城はたった3年で作っています」
丹野「普通はそんな短期間では作れないですよね」
鵜飼先生「毎日ちゃんとやってくださいと、ほとんど休むのを許されなかったのです」

今も場内に現存する名古屋城の石垣は、いろいろな土地の石でできているということです。

鵜飼先生「豊臣側の武将も多く、徳川家はすごいんだぞと力を見せつけるためにわざわざいろんなところから石を持ってきました」
丹野「全国方々に我々の手下がいっぱいいて、こうやって城を作らせることができるんだぞと見せつけるためなんですね」

徳川家の思惑

多くの武将に城を作らせた理由はもうひとつあるそうです。

鵜飼先生「鉄砲とか買われて謀反を起こされたら困るので、20人の武将にどんどんお金を使わせていました」

丹野「なるほど。そういった二つの意味があって、20名の武将から石を運ばせた。当時の戦国武将はいかに権力を見せつけるかと同時に、いかに倒されないかということを意識していたわけね」

丹野は、「石垣を今度よく見てみます」と感心。
石垣だけでこんなたくさんのことがわかるのですね。

金のしゃちほこのひみつ

名古屋城といえば金のしゃちほこ。続いてはこれについての解説です。

鵜飼先生「今ある金のしゃちほこは二代目です。1回は空襲で燃えています。だから今のはレプリカです。その前のものは慶長判というすごい価値のある大判で、それを1,940枚使ってしゃっちほこを作りました。今でいうと10憶円です」

丹野「また、お城のてっぺんにえらいお金をかけたのね、へーっ。すごい価値だから盗まれそうですね」

鵜飼先生「はい、盗まれていますよ。盗まれる前に、尾張藩が苦しくなったからといって、金を取ったことがあります」

丹野「えー、そうなの。すっごいよく見えるへそくりみたいだね。金の純度を下げたということもあるの?」

鵜飼先生「はい、金を取っで光が鈍くなったからといって、網をかけてごまかしたんです」

金のしゃちほこが盗まれた

盗まれたという話についても教えてくれる航くん。

鵜飼先生「柿木金助が大凧を使って飛んで盗んで、川に逃げたという昔の逸話がありますが。明治から昭和に4回くらい盗まれています」

丹野「あんな高い位置にあるのにどうやって盗むのですか?」

鵜飼先生「ある時は名古屋城の修理で足場があって、夜中そこにはしごをかけて、ペンチで鱗を何枚も盗みました。それを大阪で売ろうとしたところ捕まりました」

お城博士の航くん

丹野は「いろんなことを教わり過ぎて涙出そう」と感動します。

「航くんは10歳です。すごい知識量なんです。"逸話"という言葉を知っているところもすごい」

藤井四段(当時)が中学生で「僥倖」という言葉を使った時も話題になりましたが、10歳の航くんの「逸話」もそれに匹敵するものがありますね。好きなものだといろいろなことをどんどん吸収するのでしょうね。

航くんの名古屋城解説に対する感想のメールも届きました。

「よっ、待ってました。お城博士の航くん!落ち着いた話し方は10歳には思えんて。48歳のオレ、勉強させてもらいます」(Aさん)

「名古屋城について10歳のこどもから教えられることが多くてびっくり。こういった知識を踏まえて完全な木造天守閣の再建を待ちたいです」(Bさん)

次の世代が、こんなにも名古屋城を誇りに思い愛してくれていることはうれしいですね。

なお現在の天守閣は5月7日をもって閉鎖されました。2020年着工・2022年12月竣工の予定で木造に建て替えられます。
(みず)
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2018年05月11日16時37分~抜粋

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