多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N

山本巧次『急行霧島 それぞれの昭和』

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★内容紹介
・昭和が舞台の、鉄道群像劇。
・舞台は昭和36年、急行霧島の車内。急行霧島は東京ー鹿児島間を走る急行列車で、昭和25年に運行を開始。昭和50年に新幹線が博多まで延びたのを受け、廃止された。この物語は霧島が鹿児島を出発し、一昼夜走り続けて東京に着くまでの、車内での人間模様を描いた群像劇。
・主な人物が複数登場。まず、鹿児島から東京へ向かう若い女性、上妻(こうづま)美里。戦争のせいで父はおらず、母親が女手ひとつで育ててくれた。中学を卒業して就職し、これから親孝行をしようと思っていた矢先に母が病死。ひとりになったところに、戦争で死んだと思っていた父親が東京にいることを知らされる。その父から霧島の切符が送られてきて、会うために上京する。
・その美里の向かいに座ったのが、前田靖子と名乗る若い女性。二等客車にそぐわないいいところのお嬢さんといった感じで、東京まで行くと言うが、その目的は話してくれない。さらに、駅で停車するたびに顔を隠すような素振りが見受けられる。いったいなぜ?
・さらに同じ列車に、鹿児島県警の刑事が二人乗っていた。傷害事件を起こして逃げている犯人を追ってきたのだが、その犯人が霧島に乗っている保証はない。けれど二人のうちベテランの刑事が、自分の勘を信じて車内を探す。はたして犯人を車内で見つけることができるのか?
・もう一組、鉄道公安室の公安職員のコンビも乗っている。こちらは伝説のスリを追っていた。変装が得意で尻尾をつかませない相手なので、一度も目を離すことなく見張っていたが、実はスリの方が上手で……。
・さらに事態をややこしくするのが、博多から乗車してきた青年。彼は宝石泥棒の一味で、別の場所で仲間が盗んだ宝石を受け取って大阪へ運ぼうとしている。
・それぞれの事情と思惑が意外な形で絡み合う。これだけのメンツが乗っていて何もないわけがない。果たして東京に着くまでにどんな事件が起きるのか、そしてそれはどう解決されるのか?
★読みどころ1)昭和30年代後半という時代と、鉄道の描写
急行霧島の形状や編成はもちろん、寝台車の構造とか、座席もそれまでの在来線のような直立した背もたれではなく、一等は「自在腰掛」だったとか、給仕とよばれるサービス係が車内の掃除や寝台の準備をしていたといった、時代のわかる描写もたくさん。さらには、ホームでの駅弁売りの片手で弁当を渡し片手でお釣りをつかむ早技や、食堂車の職員が揺れる車内で水をこぼすことなく運ぶ様子など、今では見られない描写も。沿線の景色も、その土地ならではの描写が登場して一緒に旅行している気分になれる。それだけではなく、車内で起きる事件には当時の社会問題がからんでいたりという面も。

★読みどころ2)気持ちのいい人情群像劇
舞台だけでなく、物語の展開も昔懐かしい昭和らしさがある。犯罪者も複数登場するが、根っから邪悪な人間ではなく、事情があったり、悪党でも人情味があったり、どこか抜けていたり。戦争から十数年しか経っていない昭和30年代ならではの厳しい社会問題を混ぜつつも、高度経済成長期の明るさに満ちた前向きな物語になっているので、読んでいて気持ちがいい。
・もちろん往年の鉄道ファンにもおすすめの一冊。
山本巧次『急行霧島 それぞれの昭和』
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