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木内昇『かたばみ』

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★内容紹介
・物語の始まりは昭和18年。戦争が激しくなった頃。主人公はふたりいて、ひとりは岐阜出身の槍投げの選手、山岡悌子。彼女は戦争が始まる直前に岐阜の高等女学校を出て、東京の日本女子体育専門学校に進む。しかし肩を壊したのをきっかけに選手を引退、国民学校の代用教員として働くことになり、東京郊外の小金井の惣菜屋に下宿する。岐阜に帰らなかったのは、早稲田に進学した地元の幼馴染との結婚を考えていたから。しかしそれは悌子の一人相撲で、その幼馴染は知らない間に結婚していた。悌子は将来どうするか考えられないまま、国民学校の教員として生徒と向き合う生活を続ける。
・もうひとりの主人公は中津川権造という男性。彼は悌子が下宿している惣菜屋のおかみさんの兄。30歳だが体が弱かったため徴兵されずにいて、資材運搬の仕事を細々とやっている。このふたりが、特に恋愛感情もないまま勢いと成り行きで結婚することになり、はては血のつながりのない二歳の子供を養子として引き取ることになる。この家族の行く末は……?
★読みどころ1)対照的なふたりが作る家族の形
悌子は槍投げの選手だけあって体が大きく筋肉質で頑丈、身長5尺7寸(172cm)、体重二十貫目(75kg)。男女と言われ、ある人物は悌子が立っているとその後ろに風林火山の旗が見える、と言ったほど。性格は生真面目で努力家、結婚しても教師を続けていくと決めており、料理や裁縫は苦手。権造は逆で、身長こそ高いもののガリガリでひょろ長い体型。力もないし運動神経も悪い。虚弱体質で顔色が悪く、体調の良い日でも通りすがりの人が「大丈夫ですか!」と駆け寄ってくるほど。その場しのぎの性格ですぐに弱音を吐く。ただ、病弱なせいで戦争にいけないことを引け目に思っている。そんなまったく正反対のふたりだが、ある共通点が。それは男はこうあるべき、女はこうあるべきという当時の理想からはずれているということ。そんなふたりが互いを否定せず、尊重し、家族になっていく様子がとてもいい。この物語には他にも「世間の理想」から外れた人が多く登場するが、そんな人たちがそれでも逞しくその日を生きていく様子に励まされる。
★読みどころ2)戦中戦後の暮らしや仕事の様子
戦中戦後の生活がどういうものだったかというのがつぶさに描写されるのはもちろんだが、興味深いのは悌子の教師という仕事と、権造が戦後に就職したラジオ局での仕事の描写。教師は戦前戦中戦後で子供に教える内容がころころ変わっていくことに振り回される。三年生のときにはお国のために死になさいと言われていた子供が、四年生になると戦争は間違いだと教えられる。敵性語として英語を禁じていたのに、年間40時間のローマ字の授業が始まる。当時の学校はこうだったんだ、というのが教師と生徒の両方の目から綴られるのが興味深い。また、ラジオ局は戦争中、大本営発表のものしか放送できなかった。そのあと自由にやれるかと思いきやGHQの検閲が入って、チャンバラのラジオドラマができなくなったりする。そんな中で人気になったのは街ゆく人に言いたいことを話してもらう街頭録音のコーナーだった。つまりこの物語は、政治によって庶民が振り回される様子とその中でも逞しく生きる人たちを描いている。
・戦時中の小説とは思えないほど物語は明るいが、明るいからこそ辛い部分がひときわ胸に迫る。庶民は政治とは無関係ではいられないし正義や理想の定義も時代によって変わるが、何が幸せで、どんな人生を選ぶかは、社会が決めるんじゃなくて自分で決めるというテーマが伝わってくる物語。
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