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藤野千夜『じい散歩』シリーズ

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★内容紹介
・まずは文庫になった第1巻の『じい散歩』で描かれるのは、明石家という家族。夫の明石新平は89歳、妻の英子は88歳。かつては建築会社を経営していたが、今は事業を畳み、当時作ったアパートの上がりで生活している。3人の息子も50代と40代になっているが全員独身で、長男は高校時代からずっと引きこもりを続け、三男は事業が回らず借金をしては親にたかる始末。ふたりとも自宅に暮らし、生活はすべて親がかり。唯一独立している次男だけは両親のことを何くれとなく心配してくれるが、次男のはずがいつの間にか長女になっていた。しかも最近妻に認知症の症状が出始め、新平の昔の浮気が今も続いているようなことを言う。これだけで「大丈夫か明石家」と心配になるが、実は話は意外なほどユーモラス。
・89歳の新平にはルーティンがあって、朝の体操を朝食を済ませたあと散歩に出かける。経営しているアパートの一室を事務所にしており、そこまでの道すがらに本屋を覗いたり昔ながらの喫茶店でコーヒーを飲んだり、家では食べられない洋食を味わったり、変わった建物を見物したり。アパートの事務所は自分ひとりの城で、昭和から溜め込んだエロ雑誌やグラビアなど自慢のコレクションが鎮座する。悪くない生活だ。そんな新平の日々の生活が、いろいろトラブルはありつつも、のんびり綴られ、その合間に新平の幼い頃から現在までの回想が入るという構成。
★読みどころ1)家族は悲惨な状況なのに、なぜ物語が明るいのか。
はたからみれば問題山積の明石家だが、新平が深刻に考えすぎないから。家族であろうと自分の思い通りにならないことを責めない。そもそも人を思い通りにするなんて無理だとわかっている。そのときそのときで自分にできることをして、できないことまで背負わない。自分が死んだ後でパラサイトの息子がどうなろうと、子供じゃあるまいし、放っておいていい。それは冷たいのではなく、必要以上に背負わない、自分の力と寿命を弁えているということ。自分の健康に留意し、そろそろ死んだ後のことも考えてエロ雑誌のコレクションを処分したり、アパートの管理のことを考えたりと、自分の手が届くことはきちんとやるが、届かないことは知らない。人をどうにかしようと思わないからストレスが溜まらない。この潔さが実に心地いい。
・続編で、発売されたばかりの『じい散歩 妻の反乱』では夫婦はともに90歳を超えている。妻は脳梗塞を患って生活のすべてに介護が必要になったが、パラサイトの息子たちは何もせず新平が福祉の手を借りて面倒を見ている。90代同志の老老介護が描かれる。「大丈夫か明石家」のレベルがさらに一段上がっているが、それでもやはりユーモラス。妻の面倒を見る新平はすごく良い夫のように見えるが、実は過去には浮気もしたし、子育てもろくにしなかった。そのツケがもしかしたら回ってきてるのかもしれないが、それでも過去に戻ってやり直せるわけでなし、別の過去を選んでもやはり別の問題があったろう。
・人生をすかっと割り切る、読むと心が軽くなる、そんなシリーズ。

藤野千夜『じい散歩』シリーズ
「じい散歩」は二葉文庫から825円、
「じい散歩 妻の反乱」は双葉社から1870円で販売中です。
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