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和泉桂『奈良監獄から脱獄せよ』

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★内容紹介
・舞台は大正時代の奈良。主人公は、良家の娘が通う女学校の数学教師、弓削朋久。数学が趣味という真面目な青年だが、彼の受け持ちの女学生を殺したという冤罪で逮捕されてしまう。実は彼女は意に染まぬ結婚を強制されて世を儚んだ自殺だったのだが、親が地元の有力者だったため自殺は体裁が悪く、弓削に罪をなすりつけていた。警察も検察も有力者に抱え込まれており、弓削は懲役二十年の判決を受け、奈良監獄に収監される。
・それから二年。無実の主張は変えないまでも、少しでも刑期を短くすべく弓削は模範囚として真面目に務めていた。そこに新入りが入ってくる。羽嶋というその新入りは犯罪者とは思えない明るさと人懐っこさで、作業の指導係となった弓削は戸惑うばかり。実はこの羽嶋もまた、弓削と同じように冤罪で収監された人物だった。しかも刑期は無期懲役。事情を知った弓削は、ひそかに脱獄計画を練り始める──。
★読みどころ1)実在した日本最古の刑務所・奈良監獄の描写
明治時代、司法が近代化されて5箇所に新しい監獄が建設された(千葉、金沢、奈良、長崎、鹿児島)。いずれも老朽化などで現在は門の一部しか残っていないところが大半だが、奈良監獄だけは2017年まで奈良少年刑務所として使われ、その後も建物は重要文化財としてほぼそのまま残っている。現在は旧奈良監獄として見学ツアーが行われたり、今後はホテルとして生まれ変わる予定になっている。著者はこの旧奈良監獄に取材に出かけ、その作りを細部まで物語に取り入れている。大正時代の監獄がどのようなところだったのか、囚人がどのように暮らしていたのかなどの描写が実に興味深い。さらに、弓削が考えた脱獄計画も、その奈良刑務所ならではの構造や、システムなどを利用したもの。旧奈良監獄は公式ウェブサイトがあるので、サイトの写真などを見ながら小説を読むといっそう臨場感がある。
★読みどころ2)脱獄までのあれこれ
実は弓削が脱獄を決意するまでが長い。前半はひたすら監獄内での生活の様子や、新入りの羽嶋との交流が中心で、脱獄など考えてもいない。それがいろんなことが少しずつ重なって、徐々に脱獄に心が傾いていく。何があったか、ひとつひとつのエピソードがとても印象的で読ませる。そしていざ脱獄計画を練り始めてからは、看守にばれないようにと読者もハラハラしっぱなし。決意するまで、そして結してからの弓削の心境の変化、何が彼を変えたのかを味わってほしい。
・お断りしておかなくてはならないのは、これは冤罪を晴らすミステリーではない、ということ。冤罪なのは本人も読者もわかっているが、政治が絡んでいるため冤罪は晴らせない。あくまでも、ふたりは脱獄するのか、するのならどんな方法なのか、それは成功するのかという点がポイント。対照的な凸凹コンビのバディものとしてお読みください。

和泉桂『奈良監獄から脱獄せよ』です。
幻冬舎から1760円で販売中です。
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