多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N

秋吉理香子『月夜航路』

2023年08月24日(木)

カルチャー
★内容紹介
・主人公は45歳の専業主婦、沢辻涼子。高校生と中学生の子供は母親のことを家政婦のように扱い、出版社勤務の夫は浮気をしているらしい。誕生日すら忘れられた涼子は衝動的に家出する。夫の浮気相手らしいホステスのいる店に乗り込もうとしたとき、涼子は同じビルに入っているゲイバーのママと知り合う。ママは涼子の姿や持ち物を見ただけでシャーロック・ホームズばりに彼女の置かれた境遇を見抜く。のみならず、涼子の虚しさの根底には、精算しきれてない昔の恋愛があることまでママは推理する。
・涼子には大学時代、結婚まで秒読みの恋人がいた。しかしその恋人は突然家業を継ぐために大阪に帰り、地元の幼馴染と結婚することになったと一方的に涼子を捨てた。このことが大きなわだかまりとして残っていることを自覚した涼子は、大阪まで元カレに会いに行くことに。しかしわかっているのは名前だけ。すると、ママも一緒に大阪に行って共に探してくれるという。かくしてふたりの元カレ探しの大阪旅行が始まった。涼子は果たして元カレに会えるのか。そして冷め切った今の家族はどうするのか──?
★読みどころ1)大阪文学ガイドのおもしろさ
ママが涼子の大阪行きに同行した理由のひとつが、彼女が大の文学ファンで、大阪にある文学ゆかりの名所を巡ること。まず彼女たちが泊まったのが曽根崎心中で有名な曽根崎。そして谷崎潤一郎の春琴抄の舞台に行ったり、細雪の舞台となる大阪船場の話が出たり、織田作之助がよく通った自由軒という洋食屋さんでカレーを食べたり、江戸川乱歩「黒蜥蜴」の舞台となった新世界に行ったり。他にも川端康成や直木三十五の生誕の地、梶井基次郎の石碑など、これ一冊で大阪文学のガイドブックになっている。
★読みどころ2)行く先々で起こる事件の謎解き
ふたりは行く先々で事件に巻き込まれ、それをママが推理で解決するという趣向。たとえば曽根崎では、曽根崎心中のお初を祀った露天(つゆのてん)神社で男女の死体を発見、心中と思われたが、ママがある違和感に気づく。また、春琴抄(盲目のお嬢さんと使用人の恋物語)の舞台では強盗事件が起きるが、その真相をママが、春琴抄のストーリーに擬えて解決する。江戸川乱歩「黒蜥蜴」の舞台の新世界でも殺人事件に巻き込まれるが、これも作品にヒントが。元ネタになる小説を読んでいなくても、大事な部分はママが説明してくれるので謎解きを楽しむのには問題なし。むしろ元になった小説を読みたくなる。
★読みどころ3)涼子のわだかまりは溶けるのか
大学時代の恋人を探す涼子だが、最後には意外な展開が待っている。涼子はもともと実業団のバレーボール選手で、オリンピックが夢だった。ところ全日本はおろか、実業団の中ですらパッとせず結局、結婚退職。その後も専業主婦でお金を稼いでるわけでもない。夢も、誇れる仕事も、収入もない自分を何の取り柄もないと考えている。そんな涼子にかけるママの言葉が印象的。ママ曰く「涼子はわたしの夢」その真意は……。
・大阪旅行記と文学ガイドとミステリと、幸せとは何かというテーマが全部入った贅沢な一冊。
秋吉理香子『月夜航路』
講談社から1760円で販売中です。
関連記事
角田光代訳、紫式部『源氏物語』 西山ガラシャ『おから猫』 高森美由紀さんの『小田くん家は南部せんべい店』 畠中恵『まんまこと』シリーズ 水庭れん『うるうの朝顔』

番組最新情報