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乗代雄介『それは誠』

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★内容紹介
・主人公は高校生の佐田誠くん。この話は誠が修学旅行から帰ってきた翌日、学校をさぼってその修学旅行の思い出をパソコンで描き始める場面から始まる。つまりこの物語は、誠の手記、という体裁。
・誠はけっこう自由というか独立独歩というか、クラスのどこかのグループに属しているわけでも、かといって仲間外れにされているわけでもない、柔らかな一匹狼という感じの少年。修学旅行の班を決める日に学校をサボったため、翌日登校して、初めて自分の班を知った。その班のメンバーは誠を入れて7人。班長の女子を筆頭に、スクールカースト上位のサッカー部のイケメンや男子から人気のある女子、学校の特別優待生で校則を絶対破らない男子、吃音があって体も弱い男子など、どういう基準で選ばれたのかわからない、特に普段から親しいわけでもないバラバラの7人。
・修学旅行の行き先は東京。
日程の中に1日、班別自由行動の日があり、その日のスケジュールと行動内容を事前に学校に届け出ることになっていた。どこに行きたいかと班長が皆に訪ね、それぞれが希望を出す中、誠は日野に行きたいという。それは個人的な目的なので勝手に一人でいくから気にしないでくれ、と。
・生徒は皆GPSを持たされるのでそんなことはできない、と言われた誠は事情を話す。彼の家庭には少々複雑な事情があり、幼い頃に別れたきりの叔父さんに会いに行きたい、と。その理由を理解したメンバーは、誠のGPSを預かることに。しかし特別優待生の男子だけは万が一のことがあれば自分の優待性が取り消される、譲らない。
・結局、紆余曲折の末(そこは読んでください)、男子4人と女子3人で別行動をとることに。男子のGPSを女子に預け、帰りの合流地点を決めた上で、男子は全員誠についていった。果たして誠は無事に叔父さんに会えるのか。そして特に親しくもない、個性もばらばらの男子四人の道中は、どんなものになるのか──?
★読みどころ1)眩しくて切ない青春小説
ばらばらだった7人が、この1日の冒険を通してだんだん互いを知り合い、理解を深めていく過程が素晴らしい。それぞれまったくタイプが違うが、相手を否定せず、かといって自分を殺さず、折り合いをつけていくようになる。最初は叔父さんは留守だったが、何時まで待てるかという相談をしているとき、はじめは2時半が限度だと言っていた優待生の男子が5時過ぎまで行ける、と言ってある作戦を提案するくだりから、別行動している女子3人もそれに乗っかるチームプレイは後半の名場面。何が彼らを変えたのか、を味わいながら読んで欲しい。
★読みどころ2)隠されていたテーマ
これは誠の手記という体裁で、序盤は「これから修学旅行のことを書く」と言いながらも、キーボードが使いづらいとか、こんなだらだらした文章でいいのかとか、なかなか始まらない。ところが後になってみると、それらもぜんぶ物語のテーマにつながっていたことがわかる。また、なぜ誠がそんなに叔父さんに会いたいのか、それがわかったとき、それまで読んでいた彼らの珍道中が違ったように見えてくる。乗代雄介は常に「小説は誰かが読むことを前提とした文章」という考え方をしていて、なぜこんな語り手はこんな書き方をしているのか、何のために書いているのか、というのが最後にわかる。隠されたテーマが浮かび上がったときの感動は格別。
・2回前の芥川賞候補になった『旅する練習』が傑作で、そちらも旅の物語なので、合わせてどうぞ。

乗代雄介『それは誠』
文藝春秋から1870円で販売中です。

 
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