多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N

彩坂美月『向日葵を手折る』

2023年06月22日(木)

カルチャー
★内容紹介
・主人公は小学校六年生の高橋みのりちゃん。お父さんが亡くなったため、お母さんの実家で暮らすことになり、山形の小さな集落に引っ越してきた。都会育ちのみのりには、これまで見たこともないような自然、集落に伝わるお祭りや行事、分校という小規模な学校、集落全体が知り合いという緊密な人間関係に戸惑うが、友達もでき、次第に馴染んでいく。
・最初にみのりが知り合ったのは、近くに住む怜という同い年の少年。とても親切な子で、触るとかぶれる植物を教えてくれたり、何かと気にかけて声をかけてくれたりする。ところがこの怜といつも一緒にいる隼人という少年が、とんでもない乱暴者。女の子や動物にも乱暴するような子で周囲は手を焼いているが、どこかカリスマ的な魅力もある。隼人が女の子に暴力を振るうと怜が謝ってくるというような関係で、みのりはなぜこのふたりがいつも一緒にいるのかわからない。
・この集落で毎年、子供の成長を願って「向日葵流し」という行事が行われていた。向日葵の花を笹舟に乗せて川に流すというものだが、そのために育てられていた学校の向日葵がすべて切り落とされるという事件が起きた。驚いたみのりが分校の子供達に聞いてみると、向日葵男がやった」という。どうやらこの集落に伝わる都市伝説のようなのだが……。
・この小学校六年の夏の事件を始まりに、そこから四年間にわたるみのり、怜、隼人の生活と変化が描かれる、青春ミステリ。
★読みどころ1)不穏にして感動的な成長小説
ミステリではあるが、本当に大きな事件が起きるのは終盤近くなってから。ただそこまでに色々な種が蒔かれているし、そうだったのか、という驚きの真相もあるが、むしろそこよりも三人の少年少女がそれぞれ日々を懸命に過ごす青春小説として素晴らしい。12歳から16歳という、子供から少しずつ大人になっていく過程で出会う戸惑いや喜び、理不尽さ、そういったものがとてもリアルに、そしてリリカルに綴られる。彼らとはまったく違う子供時代を過ごした人でも、あの年頃はこうだったと自分のその時代を思い出すような物語。ただし、物語は全編、不穏なイメージがつきまとう。何かが起きているけどそれが何かわからない不穏さ、田舎の共同体にありがちな閉鎖的な人々の描写、子供ならではの残酷さなどが、単なる少女小説ではないという雰囲気を醸し出す。動物が好きな人にはちょっと残酷な場面があるので、要注意。
★読みどころ2)自然と四季の描写
みのりの生活が常に四季とともにあり、夏の向日葵や暑い日の縁側、台風の後の水たまり、雪に埋もれる冬の山々、雪が溶けた山道を歩く喜び、山菜をとってきて近所と分け合ったりといった自然の描写が素晴らしい。これもまた、山形に住んだことはなくても、自分の子供時代の
春夏秋冬を思い出すような細やかな描写が味わえる。
・実は最後まで読むとかなり重い社会的テーマが隠されていたことがわかる。不穏さと感動を両立させた青春ミステリ。

彩坂美月『向日葵を手折る』
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