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莫理斯(トレヴァー・モリス)『辮髪のシャーロック・ホームズ』

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★内容紹介
・シャーロック・ホームズのパスティーシュ(先行作品の要素や文体を模倣して作られた新たな作品)。本家のホームズは19世紀初めのロンドンが舞台ですが、これは同じ時代の香港にシャーロック・ホームズのような探偵がいたら……というもの。名探偵・福邇(フー・アル)が医師の華笙(ホア・ション)とともに難事件に挑む。
★読みどころ1)本家ホームズをそのまま香港に移し替えた見事なパスティーシュ
六つの短編が入っているが、どれもホームズの有名な短編を下敷きにしており、それを19世紀はじめの香港に置き換えているので、ホームズのファンが読めば元ネタはあの話だ、というのがわかる。フー・アルは胡琴(中国の楽器)を弾き、阿芙蓉(麻薬の一種)を吸う習慣があるが、これも本家ホームズがバイオリンが趣味でコカインを吸うというのに合わせてある。また、フー・アルとホア・ションの会話も、ホームズとワトソンの会話のパロディになっており、実に楽しい。逆に、ホームズを知らない人はこちらを先に読んだあとでホームズを読むと、元ネタがわかってこれも楽しい。
★読みどころ2)ミステリとしてのレベルがすごい!
扱われる事件の元ネタは本家に倣っているが、真相は必ずしも同じではない。本家は書かれたのが古いこともあって今の目で見ると謎解きがゆるかったりするが、本書は進化した現代ミステリに合わせて書かれているため隙がなく、こっちの真相の方がいいのではと思えるものも。しかも、その謎解きは19世紀はじめの香港ならではの要素と結びついている。
★読みどころ3)19世紀香港が舞台の歴史小説
最大のポイントは、なぜ香港なのか、ということ。この時代はアヘン戦争から約40年後で、香港島と九龍半島南部はイギリスに割譲されたものの半島北部や島嶼部はまだ清国領土だった時代。しかも清国には複数の民族があり、言葉や価値観も違う。そのため本書には清国人と西洋人が、清国の文化と西洋の文化が入り混じった状況が背景にある。言葉の違い、習慣の違い、価値観の違い、法律の違いが事件にかかわり、祖国が他の国に統治されるという状況だからこその動機や展開が描かれる。この頃、アメリカでは中国人排斥法が可決され、欧米のアジアに対する弾圧が強まっていた。香港の人たちにはそれに対する反発も、清国人の誇りもあるがイギリス領に住んでいるという現実に引き裂かれる。物語に描かれる香港は異国情緒に満ち、雰囲気たっぷりだが、植民地の現実が時々顔を出すのが印象的。その植民地の現実が事件にかかわることで、ホームズを下敷きにしたあそび心いっぱいのミステリと見せかけ、国が他の国に支配されるとはどういうことか、という深刻なテーマを描いている。
・アクションもあるしエンタメとしても一級品。最も読者の支持を集めた翻訳ミステリです。
莫理斯(トレヴァー・モリス)『辮髪のシャーロック・ホームズ』
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