多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N

清水裕貴『海は地下室に眠る』

[この番組の画像一覧を見る]

★内容紹介
・舞台は千葉市、稲毛海岸に近い海辺の町。主人公は美術館に勤務する学芸員の松本ひかりさん。ある日ひかりは、ある洋館の地下室で発見された古い絵を見る機会があった。それは赤いドレスを着た女性の絵で、何ともいえない妙な気配を醸し出すもの。ひかりは、その来歴を調べることになるが、日々の仕事に追われて調査はなかなか進まない。
・そんなある日、ひかりは、美術館の展示関連で知り合った新聞社の人物の忘れ物を預かる。それは稲毛海岸の昔の様子を住民にインタビューした郷土資料だった。なんとなく読み始めると、そこにはすでに亡くなったひかりの祖母、玉子のインタビューも載っていた。玉子は戦前、髪結として働いており、当時稲毛にあった花街の芸者さん達の髪を結っていたらしい。その冊子を持っていた人物にその話をすると、新聞社の倉庫には同様の未整理の古い原稿がたくさんあるという。そして持ってきてもらった資料を読むと、そこには玉子の驚くべき過去が語られており、それが地下室で見つかった謎の絵にも絡んできて……。
★読みどころ1)実在の人物や場所の描写
最初は、謎の絵を巡る学芸員のお仕事ミステリーかなという雰囲気ではじまるが、玉子の戦前のインタビューと現在のひかりの物語が交互に紡がれるにつれて雰囲気が変わる。まず、舞台となっている稲毛地区の美術館や建物などは実在のものばかり。絵が見つかった(これは創作)のは神谷伝兵衛邸といって、千葉のワイン王と呼ばれた人物の別荘で現在も実在するし、同じ敷地内に市民ギャラリーがあるのも現実に即している。また、戦前はそこに花街があったことや、そこを襲った空襲なども現実のこと。さらにポイントは、この近くに戦前戦中、愛新覚羅溥傑の住居があったこと。愛新覚羅溥傑は、ラストエンペラーと呼ばれた愛新覚羅溥儀の弟で、日本に留学し、日本人女性の嵯峨浩(さが・ひろ)さんと結婚。このふたりの結婚は日本の軍部主導のもので、戦中戦後を通じて浩さんは歴史に翻弄されていくことになる、「流転の王妃」と呼ばれた人。そういった千葉の歴史や花街の歴史が物語に深くかかわってくる。
★読みどころ2)謎の絵を巡る大胆なフィクションと史実の融合
作中では、ひかりの祖母である玉子が、偶然浩と出会い、親しくなる様子が描かれる。ところが玉子のインタビューを読んでいると、孫のひかりから見るとおかしな部分があった。まず、玉子が産んだ男の子の名前が、一人っ子のはずのひかりの父の名前とは違うこと。そして伝兵衛邸の地下室に絵を運び込んだという話が出てくるが、それは今存在している絵と違うこと。
 さらに、過去に花街で起きたらしい殺人事件の話も出てくる。これらのフィクションが、花街で戦時中を生きた人々のリアルと重なってくる。昭和は遠くなったけれど、戦争に運命を翻弄された人々と現在は陸続きなのだと伝えてくれる。
・著者の清水さんは美大を出た人で、美術館の仕事の描写もリアル。何重にも楽しめる一冊。
清水裕貴『海は地下室に眠る』
KADOKAWAから1980円で販売中です。
関連記事

あなたにオススメ

番組最新情報