多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N

南木義隆『蝶と帝国』

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★内容紹介
・舞台は1900年代初頭、ロシア革命を間近に控えた帝政ロシアの都市、オデッサ(現ウクライナ)。主人公は孤児のキーラ。彼女は幼い頃に森で狩りを生業とする老人に拾われ、育てられた。その後、オデッサでユダヤ人が経営する孤児院に入り、縁があってロシア貴族の館で働くことに。厨房で料理人として働く傍ら、貴族の一人娘・エレナと親しくなり、使用人と雇い主の関係を超えた愛情を育んでいく。
・しかしそんな折り、ユダヤ人居住区の近くでロシア人の少年の他殺体が発見され、ユダヤ人が疑われる。当時、迫害の対象だったユダヤ人に対し、ロシア人たちは暴徒と化してユダヤ人居住区を攻撃し、住人を虐殺する(ポグロムと呼ばれるユダヤ人虐殺が帝政ロシアでは多く発生した)。育った孤児院の仲間を失ったキーラは絶望し、オデッサを離れることを決意。心配するエリナを振り切って、ふたりの仲間とともにモスクワへ向かった。
・と、ここまでが第一部。第二部ではモスクワで料理人として成功していくキーラと、その最盛期に起きたロシア革命により一気に運命が転換する様子が描かれる。そしてソヴィエト連邦が成立して数年が経った第三部ではさらなる変化が……。
★読みどころ1)ひとりの女性の半生とロシアの歴史を重ねて描く
第一部ではお屋敷の人々との交流や孤児院の仲間たちとの触れ合いが生き生きと描かれる。キーラの作ったおやつをエリナがせがんだり、キーラのピアノでエリナが踊ったり、孤児院の子供たちをサッカーを楽しんだりという穏やかで瑞々しい青春時代。それがポグロムで打ち壊され、その後料理人として成功するも今度は革命があり、キーラは大切なものを次々と失っていく。その中でキーラが何を思い、何に迷い、そしてどんな道を選んだか。今の政情を連想するようなウクライナのロシアに対する感情やユダヤ人の置かれた位置、革命による帝国主義者の粛清など、民族や思想の対立を背景にこの時代だからこそ描ける運命に翻弄された女性の物語は圧巻。
★読みどころ2)料理の描写
帝国の貴族の食事から町のレストランの料理、はては浮浪児たちに食べさせる炊き出しまで料理の描写が実に細かく、耳慣れないロシア料理でもその見た目や味が伝わってくる。
★読みどころ3)百合小説としての魅力
百合小説とは女性同士の関係を描いた小説のこと。キーラの恋愛対象は女性で、お屋敷のお嬢さんであるエリナと愛し合っていたが、そういった恋愛だけではなく、キーラとその仲間たちとの関係や、モスクワの浮浪児の少女との関係など、さまざまな立場の女性が登場し、それぞれが当時のロシアの政治の中で互いに協力しながら自分の生きる道を模索する姿が描かれる。
・実はSF要素も少しあり、切なくもう神々しいラストまで一気読みの歴史百合SF小説。

南木義隆『蝶と帝国』
河出書房新社から1980円で販売中です。
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