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若竹七海『パラダイス・ガーデンの喪失』

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★内容紹介
・舞台は神奈川県の小さな半島にあると設定された架空の市、葉崎市。半島の崖の上に、パラダイスガーデンと名付けられた個人の庭園がある。季節の花々が植えられ、入園料をとって人々に介抱しており、オーナーの房子はそこでカフェを経営していた。
・ところがコロナ禍で、飲食店はしばらく休業を余儀なくされる。カフェも庭園も閉めていたある朝、房子は庭園のベンチで喉にナイフの刺さった年輩の女性の死体を発見する。
・警察が呼ばれ、状況から自殺だろうということになったが、身元がわかるものがない。さらに、車がないと行きにくいこのパラダイスガーデンにどうやって来たのかもわからない。いったいこの死体は誰なのか?しかしこれは葉崎市で起きる大事件の一部に過ぎなかった……。
★読みどころ1)複数の事件が絡み合う構成
パラダイスガーデンでの死体発見が物語の軸ではあるが、視点人物を変えて葉崎市の色々な住民たちの様子が綴られる。たとえば、夫がリモートワークになってイライラし、夫婦喧嘩が耐えなくなった夫婦の話、高齢者の家を狙って盗みに入る泥棒の話、近くに住む資産家の大叔母が死ぬのを待っている青年とその恋人の話、その場所で五十年以上営業しているドライブインの話、新設の老人ホームを巡る不穏な噂の話、友人に度胸試しを持ちかけられる高校生の話、そして、実はこの時市内で幼児誘拐事件が発生していて警察はそちらに力を割いていたという話などなど。主要人物だけでも15人いて、まったく別の出来事として綴られるそれぞれのエピソードが思わぬ形でつながっていく。あの話がここにつながるのか、という驚きがたっぷり。
★読みどころ2)コロナ禍の市民生活が自然な背景になっている
コロナ禍が直接物語を動かすわけではないが、集まってきた野次馬を密にならないように捌くとか、飲食店で客が帰るたびにテーブルやアクリル板を消毒するとか、警察官がマスクとフェイスシールドで聞き込みの声が聞き取りづらいとか、屋外で焼肉をする場面で、ひとりずつ肉を取ったら遠く離れて食べるとか、今の日常生活がごく自然に背景として描かれる。
コロナをテーマにした小説は多く書かれているが、エンタメ小説の背景として当たり前のように生活の中にあるコロナが描かれるのが新鮮。
★読みどころ3)ビターな味わいの中に希望のある物語
ドミノ倒しのように事件が展開していき、それで大きな被害や衝撃を受ける人も出てくるが、物語自体はとてもユーモラスに、生活感たっぷりに描かれる。いろんな人のちょっとした話の掛け違いや先走りが事件を動かしていく中で、人は愚かだったり抜けていたりするけど、同時にけっこう強いし逞しいぞというのが伝わってきて、ビターな事件なのに意外に楽しい読後感がある。
・パッチワークのように物語がつながる面白さを体感できる一冊。

若竹七海さんの『パラダイス・ガーデンの喪失』
光文社から1760円で販売中です。
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