多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N

雫井脩介『霧をはらう』

2021年09月02日(木)

カルチャー
★内容紹介
・小児科病棟の四人部屋で、突然子供たちの容体が急変しふたりが亡くなるという事件が起きた。残るふたりにも健康被害が出ており、警察の調べで、四人の点滴に致死量のインスリンが混ざっていたことが判明する。容疑者として逮捕されたのは、その四人部屋に入院していた患者の一人、小南サナちゃんの母親・小南野々花だった。
・野々花は以前より病室で他の患者の母親とトラブルを起こしていたこと、ナースステーションにしょっちゅう出入りしていたこと、サナだけは他の子より症状が軽く、しかも点滴が原因と判明する前に、子供たちが苦しみ出してすぐにサナの点滴を野々花が止めたことが容疑の理由。
・野々花は取調べの途中で一旦は自供するが、その後、否認に転じる。弁護士の伊豆原は、被告が無実を主張する以上それにそった弁護をすべきと思いつつ、本当に無実なのか、今ひとつ掴みきれないでいた……。
★読みどころ1)逮捕された野々花の人物造形が絶妙。
逮捕された野々花の人物造形が絶妙。思い込みが激しくて押し付けがましく、周囲はうんざりしているのに、それに気づかない。喘息で入院している子が同じ部屋にいるのに埃を立てて、その子の母親から注意されると「喘息には乾布摩擦と水泳がいいわよ」などと返したり、弁護士の伊豆原と面会してもどこか他人事で、なぜ自供したのかわからない、などと言う。弁護士の小説といえば被告人の無罪のために立ち上がる正義の話になりがちだが、
本書は弁護士がまず被告を信じられない。なのに弁護しなくちゃいけない。その葛藤が描かれる。
★読みどころ2)真相を究明するミステリの面白さ
野々花が直接点滴パックに何かを入れているところが見られたわけではないが、ナースステーションに出入りした人の動きを確認すると、野々花にだけ、それをやれる機会があった、というのが検察側の主張。伊豆原はそれを覆すため、ナースステーション内の動きや会話を秒単位で確認していく。地道な作業だが、その聞き込みの中に、病院内のさまざまな人間関係が浮かび上がる。何かを知っているようなのに隠している人もいる。 野々花がやったのか、それとも冤罪なのかは最後にわかるが、実に意外な真相が待っている。
★読みどころ3)容疑者の家族が直面する問題
野々花には入院していたサナの上に、高校三年生の長女・ユイがいた。ユイは進学希望だったが母の逮捕で断念、就職した先でも嫌がらせを受ける。サナも不登校になり、ユイはサナを守ろうとがんばるが、ユイは事件の前から空気の読めない母親を苦々しく思っており、母を信じられない。周囲の人との交流もすべて拒絶していたユイが伊豆原との出会いで少しずつ変わっていく過程が読みどころ。
・法廷ミステリとしても、正義とは何かを考える人間ドラマとしても読み応えたっぷりの一冊。
雫井脩介『霧をはらう』
幻冬舎から1980円で販売中です。
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