沖縄の名所「首里城」ってどんな場所?

丹野みどりのよりどりっ!

『丹野みどりのよりどりっ!』では来年2月に沖縄へのリスナーツアーを行います。
沖縄の人気スポットで高く支持されているのが、世界遺産にも登録されている「首里城」です。

首里城とはいったい場所で、どんな歴史があるのでしょうか。
今回は、「首里城」についてのキニナルを調査しました。

首里城の歴史

「首里城ってどんな場所なの?」というキニナルについて、一般財団法人 沖縄美ら島財団 首里城公園管理部の新里由香さんに尋ねました。
まずは、首里城の歴史について。

新里さん「1429年に琉球王国が誕生し、1879年最後の国王が明治政府に明け渡すまで、約500年にわたって琉球王国の政治・外交・文化の中心として栄華を誇ったのが首里城です。
首里城には中国や日本、東南アジアなどとの交易から様々な物がもたらされ、漆器、染織、陶器、音楽など琉球独特の文化が出来上がっていきました」

沖縄の中心として栄えたのが首里城だったわけですね。
沖縄の文化や歴史を学ぶには首里城がうってつけの場所だということがわかります。

 

首里城の見所

沖縄の中心であった首里城の見どころを尋ねました。

新里さん「首里城は、沖縄がかつて琉球王国であった時代の中心となった場所です。歴史や文化の発祥となった首里城で、現在は琉球舞踊や琉球お茶菓子を楽しむことができます。
また、首里城公園内では琉球独自の建築方法やデザインをみることができ、琉球王国にタイムスリップした気分で園内を回っていただけます」

お茶菓子や建築から、かの琉球王国独自の文化や歴史に想いを馳せてみたいものです。

 

世界遺産に登録された理由

日本には現在、世界文化遺産が18件、自然遺産が4件と合計22件の世界遺産が登録されています。首里城が世界遺産の1つとなった理由について聞いてみました。

新里さん「2000年12月に、日本では11番目に『首里城跡』が世界文化遺産に登録されました。中国と日本の築城文化を融合した独特の建築様式や石組み技術に高い文化的・歴史的価値があるといった理由から、世界遺産に登録されました。」

日本の歴史をさかのぼってみると、中国の文化が大きく影響していますが、琉球王国はそれ以上に中国と非常に強い結びつきがありました。
そういった歴史的・文化的背景を体感できる場所として価値が認められたんですね。
 

首里城の「赤色」

首里城と言われてパッと浮かぶ色は「赤色」なんじゃないかと思います。なぜ、赤色が使われているのか聞いてみました。

新里さん「実はまだよくわかっていないんです。中国の都にあったお城を真似たとも言われておりますが、それも定かではありません。
首里城がなぜ赤いのか?これからの調査で解明していくのかもしれません。」

丹野「まだわかってないことも多いんですね!」

まだ理由がわかっていないというのは意外でした。
 

2000円札に描かれた「守礼門」

最近あまり見かけなくなった印象のある2千円札ですが、多くの方は1度は見たことがあるのではないでしょうか?
そんな2千円札には首里城の「守礼門」という建物が描かれています。そんな「守礼門」がどんな建物なのか聞いてみました。

新里さん「『守礼』とは『礼節を守る』という意味で、門に掲げられている扁額(へんがく)には『守礼之邦(しゅれいのくに)』と書かれています。この言葉には、『琉球は礼節を重んずる国である』という意味があります。

首里城は石垣と城門の多い城ではありますが、中でもデザイン上バランスがとれ、エレガントな雰囲気のある代表的な門がこの『守礼門』です。中国風の牌楼(ぱいろう)という形式で建立されています。

1527~55年の尚清王という王様の時代にはじめて建立され、1933年(昭和8)に国宝に指定されましたが沖縄戦で破壊されました。現在の門は、1958年(昭和33)に復元されたもので、その後今日まで沖縄を象徴する観光施設として利用されています」

新里さんのお話を聞いていると、ますます沖縄に行きたくなりますね。
(おきな)
 
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2018年11月06日16時40分~抜粋

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