北山たけし、波乱の人生と新曲「津軽おとこ節」を語る

丹野みどりのよりどりっ! / エンタメ

今年で歌手生活15周年、新曲「津軽おとこ節」をリリースした演歌歌手の北山たけしさんが、6月1日の『丹野みどりのよりどりっ!』に出演しました。

実は北山さんとパーソナリティの丹野みどりは同じ学年。
師匠・北島三郎さんへの弟子入りの話や、師匠の娘さんとの"禁断の恋"の話など、演歌を地でいくようなドラマチックな人生を伺います。

北島三郎さんに弟子入り

北山さんは福岡県生まれ。"サブちゃん"こと北島三郎さんが好きなお父さんの影響で、その歌を聞きながら育ってきました。

16歳で高校を自主退学して、すぐ弟子になれると思い、東京に出て北島三郎さんの門を叩きます。
が、「未成年はだめだ、成人して今の気持ちが変わらなければまた来なさい」と門前払い。お父さんからも「家の敷居をまたぐな」と言われ、九州で一人暮らしをしながら歌を練習していました。そして、21歳でもう一度上京。

また、北島三郎さんに会いに行きますが「弟子はとってない」との返事。そこから座り込みを10日間続けたそう。
あまり長く座ると失礼と思い、行って1時間座っては帰るという繰り返し。
そして、10日目についに鉄格子の門が開き、初めて師匠と会います。

丹野「最初からよしと言われました?」
北山さん「師匠には『歌手になりたいのであれば、弟子はとらない。人間として大切なことを学びたければついてこい』と言われました」

丹野「歌手になりたくて来てるのに」
北山さん「ある意味、入門と同時に歌手の夢は絶たれました」

丹野「複雑な心境ですね。でも、試されたのかな?」
北山さん「そこから365日、ほぼ師匠のそばにいる生活が始まりました」

北山さんのドラマは始まったばかりです。

デビュー秘話

丹野「弟子の生活はどういったものですか?」
北山さん「車を洗ったり、衣装の整理をしたり、敷地が広いので植木の手入れをしたり。これはプロ並みになりました。しかしそれにも意味があって、自然と触れなさい。枯れた木に水をあげて元気になった姿を見て何か感じろ、と」
丹野「深い。すべて長い目で見ると指導なんですね」

そんな生活が8年続きました。
歌の練習もなく、教えられることもない。師匠がコンサートで歌っている舞台袖で、一緒になって歌うのが唯一声を出せる場所だったそう。

そして時は流れて8年目。
師匠の部屋にいた時に、「たけし、船出をしてみるか」と声を掛けられました。

「いま歌謡界という海は荒れてないから、お前が船をひとりで漕ぐにはちょうどいい。ひとりで船を漕いでみるか」

こうして北山さんのデビューが決まったのです。

丹野「北島三郎さんの言葉はそのまま歌詞ですね」
北山さん「それが2003年の11月で、デビューが翌年の4月でした。そこから慌ただしく準備です」

丹野「デビューのときのお気持ちはどうでした?」
北山さん「とにかく嬉しくて、福岡の父に電話した時は父も泣いて。でも、そこから今まで体験したことのない厳しい師匠のレッスン。そして、僕のために周りが動き出すんです。慌ただしくて、正直よく覚えていないです」

師匠の娘さんと“禁断の恋”

北山さんにとって、北島三郎さんは師匠でもあり、義理のお父様でもあります。
北島三郎さんの娘さんとの結婚のいきさつを聞きました。

「実は入門3年目に、僕は芝刈り機に手を挟んで大けがをしました。左手の親指と人差し指が今でも動かない状態です。そのときに看病してくれたのが、下から2番目のお嬢さまでした。
それまで恋愛感情はまったくなかったですけど、手当をしてもらって、優しい言葉をかけてもらううちに"禁断の恋"が始まりました」

北山さんが24歳のときです。

「そういう感情を持ってしまった僕は弟子として失格」と思い、師匠の奥様に「娘さんに恋心を持ってしまいました。弟子はやめます」と言いました。

すると奥様は「いいじゃないの」と。
「これも出会いよ、あなたもパパと一緒じゃない」

北島三郎さんは北海道から歌手を目指して東京に出て、3畳一間を借ります。
実はその大家さんの娘さんが今の奥様だそうです。

丹野「いやだぁ、時代は繰り返しますね!」
北山さん「師匠の奥様とお嬢さまと僕は、3人の秘密の関係で結ばれて、弟子時代は続きました」

その後、許しを得て結婚し、今年10年目になるそうです。

新曲「津軽おとこ節」

新曲は「津軽おとこ節」、作詞作曲は原譲二さん(北島さんのペンネーム)です。

北山さん「今年はデビュー15年の節目の年、初心に帰るということで力強い人生の応援歌です」

雪景色がパッと広がるイントロからはじまり、23年前にボストンバックひとつで何のあてもなく上京したときの気持ちを重ねられるような詞だそうです。

北山さんは「今年はこの曲に思いを込めて届けていきたい、師匠にがんばって何とか恩返しをしたいと思っています」と、最後に力強く言いました。

「津軽おとこ節」は堂々とした楽曲。
北島三郎さんは、今年はご子息を亡くされるという悲しい出来事もありましたが、月に4本ほど公演を続けていて、声も衰えを知らず元気とのことで、少し安心しましたね。
(みず)
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2018年06月01日16時31分~抜粋

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