神谷明・日髙のり子 TALK!×3

日髙のり子と神谷明が声優になるきっかけになった一言

声優の存在がまだ今ほどメジャーでなかった時代。日髙のり子と神谷明声優になれたのも数々の人の支えがあったからこそだそうです。
声優になるきっかけとなった方との出会いや言葉について語りました。
8月7日放送の『神谷明・日髙のり子 TALK!×3』から。

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家族の支えで声優に

高校の先生に「いい声してるなあ」と言われ、お母さんに「選んだ道を頑張りなさい」と言われた神谷。
ラジオのリスナーから「声が特徴的だから声優に向いているのでは?」と声をかけられた日髙。
これらの言葉がなければ、声優の道を歩んでいなかったかもしれないふたり。

「他にも『あの人にあの一言を言われなければ今の自分は存在しなかった』なんてことはあるんでしょうか?もしあったら教えてください」(Aさん)

神谷の場合「食べることだけは面倒を見てあげる」と親に言われていたそうです。
学校を卒業してから就職したものの、最終的には弟さんに月謝を借りたこともあるとか。

神谷「どうしてもやっぱりやりたくなって」
日髙「『選んだ道を頑張りなさい』と言ってくれたお母さまってすごいですよね」
神谷「本当に。だから感謝しましたね、あとから」

家族の優しさが見えない心の支えになったそうです。
日髙は弟さんが二人いるそうですが、大学生の弟からは「社会人として認めていない」と当時思われていたようです。

日髙「若干、うち厳し目なんですよね」

「高校受験に失敗したら丁稚に行け」と言われるご家庭だったとか。

神谷は温かい家族の支えのおかげで自分のことだけに専念でき、その後先輩たちとの出会いが大きかったそうです。

神谷「ルパンがいて、アッコちゃんがいて、ハイジがいて、サリーちゃんがいて」
日髙「オールスターじゃないですか」
 

心に残る”ジャイアン”の言葉

アイドル出身の声優が軽い目で見られていた時代、日髙には苦い経験があるようです。

元気だったら笑い飛ばせるようなことでも、気持ちが沈んでいる時には心ない言葉がこたえたそう。
母親の”石の上にも三年”の言葉を胸に、3年頑張ったら5年いけるかな、5年頑張ったら10年いけるかな、と思って続けてきたとか。

日髙「母はことわざ使って説教するタイプだったんですよね」

神谷が大事にしてきたのは「『おかげさまで』という思いで生きなさい」の精神。
”実るほど頭を垂れる稲穂かな”のとおり、尊敬するようなアーティストや先輩はみな腰が低く、挨拶を大事にしていたそうです。

日髙「ちょこちょこお話ししたことの中に、心に残っている言葉がありますね」

故・たてかべ和也さんが神谷を大事にしてくれるわけを伺ったところ、「おまえはきっと頑張れると思うからだ」と答えて下さったそうです。

日髙「初代ジャイアンが…」
神谷「本当にいろんな人にお世話になりました」
 

おすすめの夏バテ対策

「お二人の夏バテ対策はどのようなものがありますか?私はできるだけエアコンを我慢しています。猛暑を乗り切りたいですね」(Bさん)

エアコンを我慢しているものの、自分たちの年齢になると室内で熱中症になってしまうので、あまり我慢してはいけないと神谷。

日髙がある番組で紹介した情報によると、常温のペットボトルを持っていると手のひらを冷やしてくれるのでいいのだとか。サーモグラフィーの実験では、自動販売機で買ったばかりのものを持っていると、「温めよう」と体が頑張ってしまうのでよくないそうです。

神谷「すごくいいアイディアですね」
日髙「熱中症対策にいいということで。飲めるし」

以前、かき氷を食べてキンキンに冷えたと思ったら、身体がガンガンに熱くなってしまったことがあると神谷。
「身体ってよくできてる」と話す日髙でした。
(nachtm)

セットリスト:
M1 井上陽水「帰れない二人」
M2 JUJU「夏をあきらめて」
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神谷明・日髙のり子 TALK!×3
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2021年08月07日23時03分~抜粋

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