つボイノリオが神谷明に明かす『プリンプリン物語』秘話

神谷明 TALK!×3 / エンタメ

日曜お昼から土曜の夜に放送時間が引っ越した『神谷明 TALK×3』。
心機一転の4月6日放送では、タレントのつボイノリオさんがゲスト出演しました。

神谷明とつボイさんとは40年以上もの親交がある旧知の仲。
しかしこの日は、神谷が初耳のエピソードも飛び出し、懐かしさと新鮮さが交わるトークとなりました。

共通の知り合い

2人の出会いは鮮明に覚えている、と神谷は言います。

「私が当時、榊原郁恵さんのファンでございまして。ライターの西くんに『郁恵ちゃんが(担当する番組のゲストに)来たら是非呼んでくれ』と」

“西くん”とは、放送作家の故・西ゆうじさんのこと。
当時『つボイノリオのオールナイトニッポン(ANN)』(1977~79、ニッポン放送)の構成を担当しており、当然つボイさんと繋がりがあります。

他にも西さんは『夜のドラマハウス』(1976~83、ニッポン放送)に関わっていました。
これは、チーフプロデューサー・ドン上野こと上野修氏の企画で立ち上がったラジオドラマ番組です。何人もの若手脚本家や放送作家を日替わりで起用し、独創的なストーリーが次々と生み出されていきました。
人気声優が多く起用され、いわゆる第2次声優ブームの一翼も担っていました。

当然、神谷明もこの番組に幾度となく出演。そして作家グループの1人に西さんがいました。つまり、共通の知り合いというわけですね。
 

豪華な原石の作家集団

ちなみに『夜のドラマハウス』作家グループには、現・日本放送作家協会理事長のさらだたまこさん、『オードリーのANN』構成担当の藤井青銅さん、そして当時大学生の秋元康さんも参加していたそうです。

つボイさん「私もあの作家グループの1人で」
神谷「クワァーッ!?初めて聞いた」

衝撃の事実。シンガーソングライターとして歌詞を書くだけではなく、シナリオライターでもあったのです。

つボイさん「ラジオドラマを5本録るのに、10人の作家で脚本を書かせるんですよ」
神谷「もう、すごい争いで」
つボイさん「確か私、2本採用されまして。そのそうそうたるメンバーの中で、放送作家として」

「すごいすごい!」と、つボイさんの才能に感嘆する神谷です。
 

様々なご縁

初めての出会いに話を戻します。
神谷の願いが叶う時がついに訪れました。

西さん「神谷ちゃん、来るよー!」

そうです。憧れの榊原郁恵さんが『つボイノリオのANN』に来るというのです。
見学させてもらおうと喜び勇んでスタジオに行かせてもらった神谷。郁恵さんは放送時間ギリギリに来る予定ということで、早めに来ていた神谷はつボイさんと挨拶がてら話をしていたら、すっかり意気投合したんだそう。

神谷「そしたら、トレーナー着てでっかいバッグ引きずって、まだ20歳そこそこだったと思うんだけど、郁恵ちゃんがやって来てくれまして。
それでもう本当に楽しくお話をして。まるでゲストが(最初から神谷と郁恵さんの)2人だったかのような感じになりましてねー」

それが縁で3ヶ月後、ニッポン放送で『郁恵と明の娘ざかりベストテン』(1978)という番組が始まったんだとか。
つボイさんは“縁結び”をしたわけです。

その後、つボイさんのANNに何度となく遊びに行くようになった神谷は、「だんだんラジオのしゃべり口調がつボイさんに似てきた」そうです。つボイさんはトークの“師匠”でもあるわけです。
 

“短句”とは?

こうして交流を深めるようになった神谷とつボイさん。

つボイさん「あのね、日本橋の三越の屋上とかで、神谷さんはチャリティーイベントなどよくやってました。よく呼んで頂きましたよ」

うなずく神谷。しかしすかさず一瞬息を呑み、こう言います。

「“短句”をやったら怒られたってのを思い出した!」

短句とは何ぞや?
これはつボイさんが考えた、七文字で形成される世界最短の定型詩です。

「五七調や七五調の長文が、五・七・五・七・七の短歌になり、さらに五・七・五の俳句になった。
じゃあもっと短く七文字までできるのでは?」というのが短句運動だと、改めて説明するつボイさん。

神谷はつボイさんが作った名句を思い出し、百人一首のように詠みあげるのでした。

「吸殻にぃ~ 雪ぃ~」

寒い夜にコートの襟を立てて、誰かの帰りを待ってる男がいる。その足元には、かなりの時間が経ったであろう多くの吸殻が落ちていて、今まさにそこに雪が降ってきた。
そんな状況と男の心を表した短句です。

一方つボイさんも、当時ラジオのリスナーから届いた短句を思い出し、詠み上げます。

「手鏡ぃ~ 曇るぅ~」

朝、学校か会社に行く前、手鏡に息がかかり、すぅーっと雲っている。
そんな女子の朝と、冬の季節感を表していますね。
 

山のような○○

では、神谷がイベント会場であるデパートの屋上で怒られたという、問題の短句とは?

神谷「『山のような』という意味の言葉には、“あしびきの”って枕詞がつくって、つボイさんが言ったんですよ。それで俺が『あしびきのぉ~ クソ』って短句を言ったら、ご飯食べてたお客さんが怒鳴り込んできて」

つボイさん「屋上ですから、食べ物屋さんが多くて」
神谷「ちょうどお昼頃ですから。ヤバいよねー(笑)」
つボイさん「『今カレーライス食ってんのに、クソって何だ!いい加減にしろぃ、このヤロウ!』…江戸っ子ですよ、やっぱり(笑)」

さすがトークの師匠、上手く落としました。
 

チョイ役だった『プリンプリン物語』

さて、神谷とつボイさんが共演した代表作と言えば、人形劇『プリンプリン物語』(NHK総合テレビ、1979~82)です。
つボイさんは、アルトコ市中央テレビ局(アル中テレビ)の「花のアナウンサー」役として、声優を務めていました。

なぜつボイさんがキャスティングされたのか?神谷も知らなかった経緯が、この後ついに明かされていきます。

きっかけとなったのは、前述の西ゆうじさん。

西さん「つボイちゃん、今度NHKで人形劇をまたやるから、やる気ある?」
つボイさん「やるやるやる!」

ちょうどその頃つボイさんは『ANN』も3月で終わる事が決まり、東京から引き上げて拠点を名古屋に戻そうとしていたところでした。
『プリン~』は4月から放送ですが、収録は2月頃から始まります。名古屋に帰るまでの1、2ヶ月間だけでもいいから、やってみてはどうかと西さんはオファーしたのです。

作家の石山透さん、人形師の友永詔三さんにも話は通り、物語の序盤だけ出演することが決まりました。

つボイさん「『プリン~』の人形の顔を思い浮かべて頂ければ分かりますが、友永先生のお作りになる人形は非常に繊細で。一体でいくら?というぐらい、ボンボンもオサゲもカセイジンもよくできています。
しかし『つボイというのは2、3回出たら終わり』と友永先生は聞いてたものですから、ざっくりした人形で(笑)」

こうして、唇が異様に分厚く、繊細さは皆無だけどインパクトは抜群のキャラが生まれたのです。
 

ドクロベエでお馴染み滝口順平

しかしここからが想定外。

本編が終わった後に毎回、視聴者からのおたより紹介コーナーがあります。
そこで「さあ、たくさんのおたよりを頂きました!似顔絵が~」などと、花のアナウンサーが進行していたのを見て、作家の石山さんが「このキャラは使い勝手がいい」と思ったようなのです。

つボイさん「僕らはラジオやってますから、40秒であろうが20秒であろうが繋げるわけです。そういう繋ぎもできるし、結構台本に書いてないことをベラベラしゃべるので、重宝がって」

それで結局3年間レギュラー出演することになったのでした。

ちなみに、『プリン~』が最終回を迎えた後、共演者の滝口順平さんがこう言ったそうです。

「つボイちゃん、ホント面白かったんだけどね。ここだけの話だけど、作家が書いた原稿を勝手に変えるのはね、森繁久彌さんぐらいですよ(笑)」

それを聞いたつボイさん、「俺は何をしていたんだ!」と冷や汗が吹き出たそうです。
しかし神谷は「でもね、そう言う滝口さんもアドリブの天才だから(笑)」とのこと。

その後、滝口さんの娘さんが『つボイノリオのANN』のファンだったことを思い出した神谷。
滝口さんに頼まれて娘さんと会食をしたことを思い出したつボイさん。
「花のアナウンサー」だけに、いろんな思い出話に花が咲くのでした。
(岡戸孝宏)
 
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2019年04月06日23時04分~抜粋

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