人見知りだった石川ひとみ、『プリンプリン物語』当時を語る

神谷明 TALK!×3 / エンタメ

デビュー40周年を迎えた歌手の石川ひとみさんが、3月10日放送の『神谷明TALK!×3』に出演しました。

神谷と石川さんのお付き合いは39年。デビュー翌年から始まったNHKの人形劇『プリンプリン物語』で共演してからです。
今回は、神谷も知らないデビュー以前のエピソードを石川さんが語ります。

田んぼで切り株を踏んでいた

石川さんは愛知県海部郡、現在のあま市の出身です。
こどもの頃は田んぼと畑の真ん中に100件くらいの住宅があり、店は八百屋が一軒あるだけだったそうです。童謡「赤い靴」が大好きだったという幼稚園の頃は、田んぼで遊んでいたんだとか。

「僕の住んでいたところもそういう環境で、田んぼと小川が遊び場。田んぼの稲の切り株があるじゃないですか。あそこを…」と言いかける神谷に、「踏むんでしょ?やりました」と答える石川さん。

神谷「あそこを踏むとモグラがいるんですよ」
石川「踏むと、ブチッ、グニュっていう不思議な感触があるんですよ」
神谷「足滑らせると潜っちゃって、うちで怒られるんだよね。藁の山があるとバーンと突撃してって」
石川「私、女の子なのに結構やってたかも、そういうことも」

石川さんは結構、活発な子供だったようです。小学校に上がってからも好きなことはドッヂボールやソフトボールなど。

石川「あと体育の授業で跳び箱ってあるでしょ。跳び箱が大好きで、最後の最後まで残ってやってました。私、7段かもうちょっといった。すごいでしょ?
でも、すごく人見知りで、その割にはおとなしい女の子だったと思う」

活発だからと言って、すぐに人と馴染む性格ではなかったようです。
 

小4で歌う楽しさを知る

石川「小学校の4年生の頃に『黒ネコのタンゴ』っていう曲がすごく流行って、お小遣いで初めてレコードを買いました。毎日聞いてるうちに一緒に歌い始めて、自分が歌うことの楽しさを知りました」

学校から帰ってくると毎日、レコードをかけて一人で大きな声で歌っていたそうです。

石川「母が『もうご飯だよ』って言って『わかった、今行く』っていう感じで毎日歌ってました」

音楽の授業では歌い方を変えていたそうです。

石川「学校で習う音楽は、私が大好きになった歌謡曲とかフォークソングとは違っていたので、歌い方も音符の通りで、あんまりビブラートとかもつけませんでした。こどもながらに分けてましたね」
 

あの「右向け右」が聞ける

小学校6年生の頃、地元名古屋のCBCテレビで放映されていた『どんぐり音楽会』に出演。
これはこどもによる「のど自慢」のような番組でした。この出演でいっそう歌うことの楽しさを知ったそうです。

ちなみにこの時石川さんが歌った曲は南沙織さんの「潮風のメロディー」でした。

そして『君こそスターだ!』(フジテレビ)というオーディション番組で7週勝ち抜いてグランドチャンピオンにはなりましたが、その後に何かが待っている、ということはなかったそうです。

とは言え、石川さんはこう振り返ります。

「この番組に出なければ、どうなってたかなっていうのもありますし、デビューの大きなきっかけになってると思います」

この後、渡辺プロダクションに入り、「右向け右」でデビューしました。

実は、この曲はなかなかコンサートでは歌われない曲だったそうですが、最近になって再び歌い出したそうです。
デビュー40周年関連のイベントでも披露し、ファンが歓喜したんだとか。

石川「ここ3~4年前ぐらいからライブを定期的に行うようになった時点で、今まで歌ってきた自分のオリジナル曲を、もう一度、しっかりと歌おうと思って、それでやってるんですよ」

定期ライブは浅草のアミューズカフェシアターで行われています。
 

プリンプリンは人見知り

デビュー翌年の1979年(昭和54年)、NHKの人形劇『プリンプリン物語』の主人公に起用されました。

この番組で共演した神谷は、当時の石川さんについて振り返ります。

「もう、お人形さんみたいで可愛かった。スタジオで毎週お目にかかってはいるんだけど、やっぱりね人見知りなのかね、最初の頃は交流ってそんななかったんだよね」

石川「私、あんまり私語がなかったでしょ?やっぱりしゃべれないんですよ。初めてで、それもベテランの声優さんの中ですから」

プリンプリン物語の出演者は神谷の他に、斉藤隆さん、はせさん治さん、堀絢子さんなど錚々たる顔ぶれでした。

石川「人見知りパワーが出てしまって、いつも『おはようございます、よろしくお願いします』ぐらいでした」

神谷「でも、こうやって喋れてますからね。喋らない人ではないんですよ」
 

講演会で勇気をもらう

石川さんは歌手活動の他に公演もしています。
27歳の時にB型肝炎を発症しました。経路は母子感染。発症の1~2年前から自分がキャリアであることはわかっていたそうです。

B型肝炎の感染経路は、ウイルスを持った母親から出産の時にこどもにうつる母子感染と、輸血や性行為で起こる水平感染があります。母子感染防止法が取られていて、今では母子感染はほとんどないようです。
また医療環境が整備され、輸血の際の感染も起きていないそうです。

せき、くしゃみ、握手などではうつることのないB型肝炎ですが、石川さんが発症した当時は感染への偏見が酷かったそうです。
石川さんはB型肝炎に罹ってから6年間の闘病、療養の様子を本にしています。

「今も付き合っている病気なんですが、その本のタイトルが『一緒に泳ごうよ』。
なので、いつも講演会は『一緒に泳ごうよ 心と体の健康』みたいな感じでやっています。でも講演会に行くと、いつも私の方が励まされて頑張ろうっていう思いになります」 
(尾関)
 
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2019年03月10日14時00分~抜粋

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