レジェンド声優・若山弦蔵、オネエ言葉でアテレコしていた?

神谷明 TALK!×3 / エンタメ

11月25日『神谷明 TALK!×3』は声優、ナレーター、パーソナリティーの若山弦蔵さんがゲストでした。

007シリーズのショーン・コネリーやテレビドラマ『鬼警部アイアンサイド』のレイモンド・バーの吹き替えをはじめ、ラジオパーソナリティとしても知られる超ベテラン声優です。

時代を超えて生き残ってきた若山さんの仕事ですが、それと相反するように失われたものが、現在の制作現場には数多くあるようです。

バークにまかせろ

外国のテレビシリーズのアテレコで有名な若山弦蔵さん。
中でも『バークにまかせろ』のジーン・バリ―演じる主人公、エイモス・バークのオネエ言葉は過去にないセリフ回しでした。

若山「次から次へと警察物の主役をやらされて正義の味方でずーっと来たでしょ。それで『バークにまかせろ』のフィルムを見た時に、今まで通りに警察ものとしてやったんじゃちっとも面白くないわと。色男で大金持ちでロサンゼルス警察の刑事部長なんて、とんでもない設定でしょ」

しかも乗ってる車がロールス・ロイスです。

若山「そんな設定で女を口説いてばっかりいるんだから。そういう芝居を今まで通りの『手を上げて出てこい』式のいわゆる警察風のセリフでやったんでは、ちっとも面白くないわけ。だから初めの5~6本は、ちっとも面白くなかったよ」
 

いい声でオネエ言葉

最初は普通の台詞回しでしたが、やがてオネエ言葉になります。そのヒントになったのが、当時、岸田今日子さんが出演していたドラマ『男嫌い』(日本テレビ)だそうです。
このドラマでは「かもね」「そうよ」などのセリフが流行していました。

若山「これ、面白いなと思って『そうよ』みたいなのを一言入れてみた。というのは、オネエ言葉っていうよりも男女共通の言葉と僕は割り切ってたわけ。『そうねえ』って男だって言うじゃないですか。『違わない?』とか『そうでしょ』って言うでしょ?

『抵抗は止めろ』って言う代わりに『いい加減にしなさいよ』ってやったら、これいけると思った。そしたら次からドラマの翻訳者が全部オネエ言葉にして書いてきて、そっちの方に特化しちゃったわけですよ」

若山さんは、「あまりにやりすぎなんじゃないか?」と文句を言ったそうですが、「台詞のニュアンスがジーン・バリ―の顔に割と合ってたでしょ?」とまんざらでもないご様子。
 

息を合わせる仕事

『シカゴ特捜隊M』(1962年 フジテレビ)では、リー・マーヴィンが演じたフランク・バリンジャー警部補のセリフが長くて苦労したそうです。

若山「この人のセリフ回しが長くて凄いんだ。どこで合うのかわかんなくなっちゃうようなね」

日本語と英語なのでブレス(息継ぎ)が合いません。

若山「だから考えたんですよ。リー・マーヴィンだって息をするだろうなって。そういう視点で見ると、ここで息してんだってわかるんだよ。だからいつも言うんだ。『アテレコは声を合わせるんじゃなくて息を合わせるんだ』って。アテレコっていう仕事は今でもそういうものだと思ってます」

『鬼警部アイアンサイド』('69年-'75年 TBS系)で、喋り始めの息使いからリップノイズまで合わせていた若山さん。このテクニックに「僕は舌を巻いたんですよ」と告白した神谷明。

神谷「早速、真似したんですよ。そうしたら芝居がガタガタになっちゃって、二度とやるまいと思いましたよ。息を合わせていたんですね」
 

自然な芝居に衝撃

若山「それに気がついてからリー・マーヴィンのアテレコが楽になったんですよ。
で、レイモンド・バー(鬼警部アイアンサイド)もそれに似てるんだわ。
ああいう脇役上がりの主役ってのはね、本当に芝居でくるでしょう。でも面白かったね、あの仕事は」

若山さんが吹き替えた主人公・ロバート・アイアンサイド警部の右腕的な部下はドン・ギャロウェイ演じるエド・ブラウン巡査部長。吹き替えは仲村秀生さんが担当しました。

「仲村秀生さんとのコンビにはしびれましたね。何が凄かったかって会話が自然なんですよ」と絶賛する神谷。

神谷「今の外国映画の吹き替えも、もちろんアニメもそうなんですけど、どんどんそれが薄れて、なんかもう形だけでやってるじゃないですか。それが嫌で嫌でしょうがなくて。それで『鬼警部アイアンサイド』を見て“これだ”って思いましたね」

若山「あれは本当にもっとたくさんの人に見ていただきたい。『スパイ大作戦』より面白いですから」
 

先生はアメリカ映画

若山さんは放送劇団に在籍している頃に吹き替えの仕事を始めました。吹き替えにあたってどんな勉強をしたのでしょうか?

若山「とにかく僕の先生はアメリカ映画でしたね。札幌って今でこそ文化都市ですけどね、僕らがいた頃は"文化果つるところ"だったんだよね。だって芝居のできる劇場がないんだもの」

1940年代、札幌唯一の回り舞台がある映画館で芝居をした若山さん。
当時はオーケストラや外国人アーティストのコンサートもその映画館が使われていたそうです。

「手あたり次第、アメリカ映画を見たね」と懐かしそうに言う若山さん。神谷とリチャード・ウィドマークが出演した『死の接吻』やオーソン・ウェルズの出演した『第三の男』の話で盛り上がりました。
 

セリフは生きているか?

アメリカ映画に学んだという若山さん、このように続けます。

若山「あの頃はね、悪いけど日本映画は勉強にならなかったんだ。日本の映画俳優さんはセリフ下手なんだもん。そこにいくとアメリカ映画、フランス映画のセリフってのは、当たり前の話だけど、みんな言葉が生きてんだよね。ああいう芝居をやらなきゃダメだなって思ってたもんね」

神谷「僕、今でも、自分のセリフが生きてるか?きちん表現できているかっていうの一番気にするんですけれども、自分の作品を見て、そこにチグハグな部分を感じといたたまれなくなるっていうか…」

若山「自分の身を削る思いでさ、いろんなものを吸収して今日に至るわけですけどもね、今の状況を見るとさ、俺たちがあれだけ苦労して勉強したことはいったいなんだったんだろうと虚しくなるよね」
 

必然性のない抑揚はつけるな

ナレーションの仕事も非常に多い若山さん。これも現在とは全く様子が異なるそうです。

若山「とにかく必然性のない抑揚はつけるなって言われたんだよね。抑揚は文章そのものが持っている、文章が力を持ってるんだから、お前は余計な色をつけるんじゃない、と固く教わったわけよ。

ところが最近のテレビのあのワイドショーのナレーションなんてものは、もう節だらけだもんね。そっちの方が正しくなってしまってるでしょ?」

これについては神谷明も思うところがあるようです。

神谷「イントネーションというのは音の高低なんだけど、今は音の強弱でそれを表現しようとする。だから凄く良いメロディーのはずなのにメロディーはないんですよね。
で、それを言っても、なかなかわかってもらえなくて…」

若山さんもこの言葉に「演出してるやつがわかってないんだからそうなるんですよ」と憤りました。

時代を超えて生き残るものとは何か?その問いを自ら体現する若山さんのひと言。
今の制作現場に届くことを祈りたいと思います。
(尾関)
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2018年11月25日14時00分~抜粋

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