7月13・14日に開催されるプロ野球「マイナビオールスターゲーム2018」。
ファン投票により中日ドラゴンズの松坂大輔投手が、セ・リーグの先発投手部門で12年ぶりに選出されるなど注目が集まっています。
58年前の1960年(昭和35年)、元中日ドラゴンズ投手の板東英二も、このオールスター戦に監督推薦で出場を果たしました。
7月1日放送の『板東サンデー』(CBCラジオ)では、パーソナリティの板東がアシスタントの加藤由香アナウンサーを前に、出場に至る驚きのエピソードを語りました。
板東英二、58年前のオールスターゲームに出場していた!驚きの理由と戦績
オールスターに選ばれた理由
球宴初出場の板東は、プロ入り2年目。
オールスター時点での成績は不明ですが、この1960年の年間成績は、44試合登板、10勝11敗、防御率2.62。高卒2年目としては十分な成績です。ただ、突出したものでもありません。
1969年(昭和44年)に引退するまでの間、もっと成績が良かった年が他にも何度かあるのに、オールスター出場はこの年のみ。
なぜこの年に選ばれたのか?その理由として、ちょっとした裏話を2つ、板東が挙げました。
まず1つ目は、1964年(昭和39年)に開催を控えていた東京オリンピック。そのための基金をプロ野球界からも捻出しようという話になり、セ・パ両リーグの会長が相談した結果、「それまで2試合だったオールスターを3試合にして、増えた1試合分の収益をそのままオリンピック組織委員会に」ということになりました。
つまり、試合が増えた分、出場選手枠も増えたというわけです。
オールスター時点での成績は不明ですが、この1960年の年間成績は、44試合登板、10勝11敗、
1969年(昭和44年)に引退するまでの間、もっと成績が良かった年が他にも何度かあるのに、
なぜこの年に選ばれたのか?その理由として、
まず1つ目は、1964年(昭和39年)に開催を控えていた東京オリンピック。
つまり、試合が増えた分、出場選手枠も増えたというわけです。
今年の春、最愛の妻に先立たれる
2つ目の裏話をする前に、状況説明の一環として“恋バナ”を語り始める板東。
番組序盤で板東は今年の春、最愛の妻・洋子さんに先立たれていたことを明らかにしました。
その洋子さんとの馴れ初めです。
知人の紹介で、トップクラスの財界人・松本健次郎氏と知り合った板東。肘の調子が思わしくないことを話すと、松本氏からかかりつけの整体師を紹介されます。そういうやり取りの中で知り合い、マッサージを受ける度に付き添ってくれたのが、松本氏の孫娘・洋子さんでした。
板東より5歳上ですが、その美しさに板東も惹かれたようです。
ちなみに洋子さんは、当時の皇太子殿下が美智子さまとご成婚される前に、お妃候補の1人として週刊誌で報じられたこともあるんだとか。母方が名家・黒田家であり、本当に育ちの良いお嬢様だったようです。
そんな洋子さんに、松本氏は板東と一緒になることを勧め、やがて2人は結婚することになりました。
オールスター出場は、結婚の少し前のことです。
番組序盤で板東は今年の春、
知人の紹介で、トップクラスの財界人・
板東より5歳上ですが、その美しさに板東も惹かれたようです。
そんな洋子さんに、松本氏は板東と一緒になることを勧め、
オールスター出場は、結婚の少し前のことです。
ケータイのない時代ならでは
話は戻ります。オールスターに選出された理由、その2つ目とは。
実は板東は選出されておらず、その期間中のいわゆる「オールスター休み」には、神奈川・葉山にある松本家の別荘で過ごすことにしました。
そこで晩ごはんを食べながらテレビでオールスター戦(第2戦)中継を観ていた板東。
選手紹介が行われ、金田正一(国鉄スワローズ)、村山実(大阪タイガース)など、セ・リーグの投手陣が次々と呼ばれる中、思いがけないアナウンスが。
「ピッチャー、中日ドラゴンズ、板東英二」
テレビを観ていた板東「何でやねん!?」。
どうやら、大洋ホエールズの桑田武選手が足を痛めて欠場となってしまったらしく、急遽板東が選ばれたのでした。
ちなみに桑田選手は前年、新人歴代最高の31本塁打(後に西武ライオンズ・清原和博も記録)を放ち、本塁打王と新人王を獲得しています。
当時はケータイなどない時代。球団も自由行動の板東にアクセスする術がなかったのです。
すぐさま現地の後楽園球場に電話する板東。「どういうことですか、足木さん!?」
中日・足木敏郎マネージャーの「おい英二、どこ行っとんのや!?連絡取れんかったやないか!すぐ帰って来い!」のひと言で慌ててタクシーに飛び乗り、葉山から後楽園まで1時間半かけて向かったのです。
実は板東は選出されておらず、
そこで晩ごはんを食べながらテレビでオールスター戦(
選手紹介が行われ、金田正一(国鉄スワローズ)、村山実(大阪タイガース)など、セ・
「ピッチャー、中日ドラゴンズ、板東英二」
テレビを観ていた板東「何でやねん!?」。
どうやら、
ちなみに桑田選手は前年、新人歴代最高の31本塁打(
当時はケータイなどない時代。
すぐさま現地の後楽園球場に電話する板東。「
中日・足木敏郎マネージャーの「おい英二、どこ行っとんのや!?連絡取れんかったやないか!すぐ帰って来い!」のひと言で慌ててタクシーに飛び乗り、
史上初の快挙?怪挙?
そんなバタバタがありつつ、とりあえずベンチに座っていた板東。そこに登板指令が入ります。
「えっ、投げるの!?」と驚きますが、仕方ないのでブルペンでちょっと肩を慣らし、マウンドへ上がります。
打席には、南海ホークスの半田春夫(別名・カールトン半田)。
板東「ピュッと投げたら、センターの中利夫さん(中日)が前進に次ぐ前進で。ポーンとワンバウンドした打球が、中さん背が低いもんですから頭上を越えて転がっていく。オールスターやから中さんもタラタラ追っかける。そしたらボールが後楽園球場のフェンスに書かれてる『118m』の“8”の下へ止まったんですよ。上から○が3つ並んだんです」
その間に、1塁ランナーに続いてバッターランナーの半田選手がホームイン。
「日本プロ野球オールスター史上初のランニングホームランを打たれた、という記録を私は樹立してるんです!」となぜか胸を張る板東。
ちなみにこれまで日本のオールスターでは、ランニングホームランは通算4本しか出ていません。
今年のオールスターでもしランニングホームランが生まれたら、再びこの板東の記録が蒸し返され…いや、脚光を浴びることでしょう。
(岡戸孝宏)
画像:加藤メカ@katomecha
「えっ、投げるの!?」と驚きますが、
打席には、南海ホークスの半田春夫(別名・カールトン半田)。
板東「ピュッと投げたら、センターの中利夫さん(中日)
その間に、
「
ちなみにこれまで日本のオールスターでは、
今年のオールスターでもしランニングホームランが生まれたら、
(岡戸孝宏)
画像:加藤メカ@katomecha
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