北野誠のズバリ

悪天候でのバイクで、散々だったあの日

2025年03月17日(月)

トーク

天から試されているようなついてないことの連続の一日が訪れるときがあります。台風の日の旅行、それがバイクだったら悲惨ですが、そんな日ほど深く思い出に残るものです。

3月14日放送のCBCラジオ『北野誠のズバリ』のメールテーマは「散々な一日」。
北野誠と氏田朋子がリスナーのエピソードを紹介します。

もってない男

雨の中をバイクはつらいものです。

「若い頃、ゴールデンウィークに同級生4人と、和歌山の潮岬へ1泊2日のツーリングに出かけました。
ワクワクしながら迎えたツーリング当日は、朝から晩まで本当にバケツをひっくり返したような大雨。丸一日レインコートを着たまま途中の観光地に立ち寄ることもなく、宿をとった太地町まで、雨の中をただただ走り続け、ぐったり疲れただけで1日目は終わりました。

2日目は雲一つない晴天。前日の憂さを晴らすごとく、太地町のクジラ、新宮市のめはり寿司やサンマの姿寿司など、ご当地のおいしいものを食べ歩き、潮岬の風景も堪能。

午後3時から紀伊長島から松阪へ向かう山の中の国道42号線。
普段からもってないと言われるN君がやらかしました。タイヤのパンクです。携帯電話はない。いきつけのバイク屋さんは150キロ彼方。

結局、現場から10キロくらい先で原付バイクを扱う自転車屋さんをみつけ、出張修理を頼み、なんとかパンク修理してもらうまでの2時間、山道の中で足止めをくらいました。

暗くなりつつある三重県の山の中からただただ走り続け、自宅についたのが夜の10時過ぎ。散々なツーリングでした。N君には申し訳ないけど、その後彼を誘うことはありませんでした」(Aさん)

北野「もってない奴、おりますからね」

8耐よりきつい?

悪天候とバイクはつきもののようです。

「若い頃、私は三度の飯よりバイク好き。夏の鈴鹿8時間耐久バイクレース。第2回から毎回観戦に行っていました。

そして1982年の第5回大会は台風が接近する中で開催。
いつも一緒に観戦するT君と一緒に早朝、バイクで名古屋を出発しました。グランドスタンド自由券は8時からの発売なので、それに間に合うように鈴鹿に向かいました。

しかし、台風接近の豪雨はすさまじく、ちょっとスピードを上げると簡単にスリップするほどで、T君と超安全運転で走行し到着。

時間が過ぎるほど雨風は強まり、8時間が6時間に短縮されて開催になることを到着して知りました。

このときは雨カッパ着てても下着までびしょ濡れでした。スタートだけ見てから、夏なのに寒くて仕方ないので、雨宿りできる場所を探したら、小さな映画館のような施設を見つけ、二人で休憩しようと休みました。この映画館の中で二人は瞬く間に寝ました。

起きたのは16時を回っていたので4時間強熟睡。慌ててスタンドまで戻ると、お客さんも減っているが、レース場を走るバイクも少ない。
近くで観戦した人に聞くと、有力チームはすべてリタイアで走る姿を見ることはなく、ますます風雨が強まる中、6時間のレースは赤旗で強制終了です。

雨が降りしきる中、名古屋までまたまた超安全運転で帰りました」(Bさん)

北野「結局、映画館に寝にいったんやな(笑)」

氏田「すごい緊張の中走って、寝て、帰ってくる」

「コント・風呂上り」

最後は、悲惨というよりコントです。

「何年か前、風呂上りにお茶を飲もうと冷蔵庫へ。よそ見しながらだったため、足の小指の角を冷蔵庫の角に。あまりの激痛にうずくまるときに、おでこを今度は冷蔵庫に打ちました。
そのショックで冷蔵庫の上に積んであったお盆が滑り落ちてゴンゴンゴン。縦のお盆が頭を数回直撃。そしてふらついた私が手についたのは食卓。

しかし、端っこすぎてテーブルは傾き、お箸立てや調味料がこちらに。すべてをぶちまきしりもちをついたところは醤油の水たまりでした。

痛いしつらいし、それを見たカミさんは、『大丈夫?』と聞くかと思えば、『ちゃんと直しときや』と言われました」(Cさん)

氏田「奥さんは冷静」

北野「ここまでショートコントみたいなことやるのは素晴らしい」

ついてないことは連鎖するものです。
(みず)
北野誠のズバリ
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2025年03月14日15時46分~抜粋
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