多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N

結局どっち?日本の読み方は「ニホン」か「ニッポン」か問題

私たちが住む国「日本」について、「ニホン」、「ニッポン」と、当たり前のように2通りの名前で呼んでいます。

しかしよく考えてみると、1つの言語で2つの読み方を持つ国名というのは、世界広しといえども日本ぐらいではないでしょうか。

1月6日放送『多田しげおの気分爽快!!~朝からP•O•N』では、CBC特別解説委員の石塚元章が、「日本」の読み方について調べてみました。

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読み方がバラバラ

日本の読み方は、放送局の名前1つを取ってもバラバラ。

例えば、中部地方を放送エリアに持つCBC、中部日本放送の読み方は「ニッポン」ですが、全国には「ニホン」と読む放送局がいくつもあります。

また、日本銀行は「にほんぎんこう」と呼ばれることがあるものの、紙幣には「NIPPON GINKO」と書かれています。

日本画や日本海、日本髪は「ニホン」ですが、「日本一!」や「がんばれ日本!」と勢いのある言葉の時は「ニッポン」と読まれます。

破裂音に勢いがあることと関係があるのかもしれません。

他に面白い現象があるのが、言葉を短縮すると日本の「本」を「ホン」と呼んでいたものが、「ポン」に変わるケースも。

例えば日本酒はふだん「にほんしゅ」と呼んでいるのに、短縮すると「ポン酒」。
日本女子大学は略して「ぽんじょ」と呼ばれます。
 

日本の語源は?

ただ、この「日本」という言い方は、日本人自体が考えたものではありません。

大昔は大和と呼ばれていましたが、「日」と「本」という漢字が当てられた際、唐との交流が盛んだった平安時代、中国ではどう読まれるかという考えが元になっているそうです。

中国では「日」は「ニエット」、「本」は「プァン」と読まれ、それが「ニホン」と聞こえて呼ばれるようになったそうです。

人それぞれの聞こえ方によって、「ニホン」だったり「ニッポン」だったりするため、バラバラに伝わったという説や、当時は「っ」といった文字がなく、読み方は「にっぽん」だったかもしれませんが、「にほん」としか書けなかったため、書き言葉と話し言葉で両方広まったという説があるそうです。
 

統一の動きはあった

2つの言葉が広まっていましたが、明治時代になると「ニッポン」を推す人たちが増えてきました。

大蔵大臣だった松方正義、日本銀行の初代総裁だった吉原重俊はともに薩摩出身。

薩摩藩の人々は勢いのある「ニッポン」という呼び方を推していたものの、「ニッポン」に統一されることはありませんでした。

その後、1934年(昭和9年)に文部省の臨時国語調査会で「ニッポン」への統一を決議しますが、国全体としての結論には至りませんでした。

そして1965年(昭和40年)、郵政省が郵便切手にNIPPONを採用した後、佐藤内閣がどちらにしようか決めるべきと言い出しましたが、閣議決定は見送り。

さらに時は過ぎ2009年(平成21年)、麻生内閣は閣議で「どちらも広く通用しているので、どちらでも良い」ということを決めました。

ちなみに国立国語研究所の調査によりますと、国の名前で「ニホン」と呼ぶ人はおよそ6割だそうで、拮抗しています。

「ニホン」と「ニッポン」のどちらでも良いというあいまいさ、これが日本らしいのかもしれません。
(岡本)
 
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2022年01月06日07時23分~抜粋

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