多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N

年間5万人が観光、意外と知らない南極大陸

多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N』の毎週金曜は、CBC論説室特別解説委員・石塚元章のコラム。

1月29日の放送では、1957年(昭和32年)のこの日、日本が南極で昭和基地が開設されたということで、「南極」をテーマにあれこれ解説しました。

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想像を絶する寒さ

南極と北極、ともに地球の端と端で似ているように感じますが、北極には北極海が広がっているのに対し、南極には南極大陸があり、氷だらけながらも地面が存在。

この大陸がかなり広く、面積が約1,400万km²と、日本列島の30倍以上でオーストラリア大陸2つ分。

氷床と呼ばれる地面の深さは2kmほどあるそうですので、掘っても掘っても雪や氷だらけという状態です。

また、最近の日本は寒いといわれていますが、南極の平均気温はマイナス49度。

記録されている中での最低気温はマイナス89度だそうで、まったく想像できません。

北極の平均気温はマイナス25度だそうですので、南極よりも暖かく感じ、北海道の最も寒い所とあまり変わらないように聞こえます。

また、南極は氷のイメージが強いですが、実は砂漠でもあります。

というのも、年間降水量は50mm以下ですのでほとんど雨は降らず、「白い砂漠」とも呼ばれます。
 

南極はどこの国のもの?

遠い世界のように感じる南極ですが、昔から人類は南極に強い関心を抱いていました。

古代ギリシャの哲学者の中には、地球は丸いと認識している者もいて、「私たちの住んでいる所は、北に集中していてバランスが悪い。南にも大きな陸地があるはずだ」という発想で、南側の端には大陸があるのではないかと思っていたのだそう。

まだ知られていなかった南方大陸のことを「テラ・アウストラリス」と呼び、「オーストラリア」の語源にもなっています。

その後、江戸時代にさまざまな探検家が南極を目指しましたが、誰が最初に本物の南極大陸を発見したかは、定かではありませんが、アムンセンやスコットが到達したことは有名。

日本では白瀬矗が初めて1912年(明治45年)に南極大陸に上陸し、観測船の名前の由来にもなっています。

かつて各国が南極を目指した理由の1つに、領土を手に入れたいという野心があり、各国が領有権を主張していましたが、1959年(昭和34年)に批准された南極条約により、どこの国のものでもなく平和的に利用しましょうという形になっています。

ただ、あくまでも棚上げの状態ですので、将来、また領有権争いがぼっ発するかもしれません。
 

南極への旅行が可能

日本初の観測船は「宗谷」で、2代目は現在名古屋港で公開されている「ふじ」、そのあとは「しらせ」。

現在は2代目のしらせに乗って、第62次南極地域観測隊が出発した一方で、第61次の観測隊の方々が日本へ戻りつつあります。

今回の航海はコロナの影響により特徴的だそうで、通常は南極に行く途中に港によって補給などを行いますが、感染防止のためどこにも寄港しない予定が組まれています。

かつて、元宇宙飛行士の毛利衛さんが昭和基地に招待された際に、「宇宙には数分でたどり着けるが、昭和基地には何日もかかる。宇宙よりも遠いですね」と語った程の遠い場所で、アニメ作品『宇宙(そら)よりも遠い場所』というタイトルにもあるとおり、かなり遠い場所の南極。

これだけ苦労しても南極に行くのは、研究目的のため。

長年氷で閉ざされている環境だけに、古代の環境のまま閉じ込められている、いわゆるタイムカプセルのような状態。

また、空から降ってきた隕石も氷に閉じ込められて風化せず、集まっている場所もあったりするため、かなり研究価値の高い場所といえます。

ちなみに、南極大陸は観測隊しか行けない場所ではなく、実は旅行プランもあり、コロナ前は年間5万人もの人が訪れていたそうです。

さすがに費用はかなりお高いですが、興味のある方は調べてみてはいかがでしょうか。
(岡本)
 
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2021年01月29日07時22分~抜粋

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