2025年大阪万博決定・そもそも万博って何でした?

多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N / ニュース

日本時間で11月24日の未明、フランスのパリで博覧会国際事務局(BIE)の総会が開かれ、2025年に大阪万博を開催することが決まりました。

1970年の大阪万博、2005年の愛知万博が印象的ですが、その間にも沖縄海洋博、つくば博、花博も開催されています。これらの博覧会にはどんな違いがあるのでしょう?

11月26日放送の『多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N』では、CBC論説室の石塚元章特別解説委員がこの話題について解説しました。

登録博と認定博

多田「BIEのもとでやる万博は2パターンあるそうですね。今回やるのは正式万博というか本万博。登録博と認定博という言い方もあるそうですが」

石塚「登録博とは、なんでも総合的に大がかりにやるものです。今回決まった大阪万博は登録博になります。
認定博はテーマを絞っているものです。もうちょっと小規模です。
登録博は5年ごとと決まっています。その代わり半年間やっていい。
認定博は、登録博の合間にテーマを決めてやっていい。やっても3カ月までにしてという違いがあります」

多田「1970年の大阪万博、2005年の愛知万博は登録博でしたね」

石塚「厳密に言うと呼び方が違っていました。以前は、一般博と特別博。1970年の大阪でやったのは一般博、今でいう登録博です」

愛知万博以降の登録博は、2010年の上海、2015年のミラノ、そして2020年はドバイで開催されます。
 

かつては産業見本市

そもそも万博とは何が目的で開催されるのでしょう?

石塚「考え方は時代とともに大きく変わりました。もともとは19世紀の半ばに万国博覧会がロンドンで始まりました。当時は産業革命の時代ですから、いろいろなものが発明されていて、自分の国のものを出して、こんなことができるというのを見せ合う産業見本市でした。
うちの国もこれだけのものを出したという国威発揚もありました。

当時は、テレビもラジオもなく、海外旅行も簡単にできないという時代ですから、そこに行って見るしかないものが見られた」

多田「パリの万博ではエッフェル塔が建てられましたね」

石塚「日本でも福沢諭吉が1862年のロンドンの博覧会に行っています。日本がまだ公式に参加する前です。
一説によると、"博覧会"という言葉は福沢諭吉が"exhibition"という言葉を日本に伝えるために作ったのではと言われています」
 

課題解決型万博へ

現在の万博はどう変わったのでしょう?

石塚「もうこういう時代じゃないよねと、1990年代に博覧会の関係者もちょっと考え方を変えましょうとなりました。
これまではこんなものがあると見せ合う会だったのを、課題解決型万博にしようとBIEで決議しました」

多田「今はインターネットで瞬時に世界中の情報が得られますからね」

石塚「これからの人類の課題は何か、その課題を解決するためにどういうことをしたらいいかを見せ合いましょう、情報交換しましょう。1994年からそういう風にテーマが変わってきました。
だから、2005年の名古屋の愛知万博が"環境問題"にテーマをあてたのです」

多田「愛知万博のテーマは"自然の叡智"、2025年大阪万博は"いのち輝く未来社会のデザイン"」

石塚「テーマとしてはそうでしたけど、やっていることがどう違うかはなかなか見えてこない。前のままじゃよくないとわかり始めているけど、という段階だと思います。
今回の大阪万博の具体的なことはまだ何も決まっていません」
 

万博を起爆剤に!

多田「で、どれだけ経費かかるか。会場設置費、インフラ整備など2800億とか言われ始めていて、きっとこれにどんどん上積みされていく。経済効果が期待できるといっても、要は大規模土木工事がどんどんやれる。そういうことが見えてきますね」

石塚「関西は経済が地盤沈下している。地域の経済力でいったら今は中部に抜かれている。関西のあせりがあって、それを何とかするためにこれを起爆剤にしようとしている。この発想は確かに昔ながらです。

それがうまくいったケースもありますが、スペイン、ドイツでやった万博は大きな赤字を作りました。
博覧会に行かなくても見られる時代になっている時に、本当にうまく成功して経済効果になるのか、どんどんハードルが高くなっています。

今回予算は3分の1ずつ、国と地元の自治体と民間で出します」

多田「オリンピックは都市が招く、一方、万博は国家が招致して、やる場所が大阪ということですね」

石塚「3分の1出す民間が、どの人がどのくらい出すかがまったく決まっていません。今回、関西の財界は国がやるならやろうかと乗っかりましたが、元々はちょっと及び腰だったところがありました。どの企業が出すかはまだこれからです」
 

時代にマッチしたものを

石塚「前の64年の東京オリンピック、70年の大阪万博と同じ流れで…」

多田「どっかに古い人たちが『夢をもう一度』と。しかし、時代が違う」

石塚「変わった時代にマッチしたものをどう生み出せるかが、大きな課題です。前と同じ発想ならうまくいきません。その具体的なアイデアはこれからです」

多田は「私、個人的には"我がふるさと大阪"なんですけど、なんとかいい方に行って欲しいですね」と、思いを込めて締めました。
(みず)
 
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2018年11月26日07時21分~抜粋

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