日本古来の建造物に欠かせない「和釘」、なぜ新潟で作られる?

多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N / カルチャー

5/17放送の『多田しげおの気分爽快!!朝からP・O・N』では、「和釘(わくぎ)」について取り上げました。

和釘とは、神社仏閣などの建設や修理に使われる、日本独自に発達した釘のこと。
新潟県燕市・三条市周辺(いわゆる燕三条)は昔から、金属加工製品の産地として有名で、和釘の生産も盛んに行われています。

詳しい話を、燕市産業史料館の学芸員・桑原美花さんに電話で伺いました。聞き手はパーソナリティの多田しげおです。

和釘ってなあに?

そもそも和釘はどういったモノなんでしょう?

桑原さん「大きさや形はいろいろあるんですけれども、一番の特徴は黒いことです。コークスや炭を使い鉄を熱して、金づちで叩いて釘にします」

現在一般的に使われている釘(洋釘)は、細い円柱がスゥーッと伸びていて、下部の先端が尖っており、上部は平たく、金づちで打ちやすくなっています。長さも各種一定に揃っています。

ところが和釘は全体的に平べったく、形も様々。前述のように熱した鉄を金づちでカンコンカンコン打って、形を伸ばしていくからそうなります。つまりは、刀や包丁などを作るのと基本的には同じですね。

どんな大きさのモノがあるんでしょう?

桑原さん「小さいモノだと、5cmぐらいのもあるんですけど、大きいモノだと、15~20cmのもございます」

1本1本叩いて作るので、大きさが大胆に変えられるし、微妙な太さの違いも出せるのです。これが、繊細な日本古来の家屋にはピッタリ合うんだそう。

和釘はじめて物語

どうして、燕三条で和釘の生産が盛んになったのでしょう?

桑原さん「江戸時代初めの話になるんですけれども、この辺りは、日本一長い川・信濃川が流れていまして。今のような堤防もなく、大雨が降るとよく氾濫していました。
そのせいでお米が獲れるのはせいぜい3年に1度。しかも決して美味しい米ではなかったといいます。この辺りは米作りがしづらかった、というのがキーワードになります」

今の米どころ・新潟からはなかなか想像できないことですね。

桑原さん「そこで、困り果てた農家の方々のために、江戸から和釘作りの職人さん、つまり鍛治屋さんを招きまして。農家の副業として和釘作りが始まりました」

材料の鉄は、要らなくなった鍬や鋤を加工して使ったんだとか。うまいこと考えた人がいるものです。

洋釘が日本に入って来た明治時代以降、和釘は廃れていきますが、燕三条では今でもこの伝統が受け継がれているのだそうです。

パワースポットに続いて…

燕三条産の和釘が使われている、代表的な建物と言えば何でしょう?
それはこの東海地方で大変馴染みの深い、あの建物でした。

桑原さん「伊勢神宮です。20年に1度、お宮の建て替え(式年遷宮)が行われるので、その時に使われます。20万本くらい奉納されています」

その他にもいろんな所から注文を受けているといいます。

多田「今、名古屋城の天守閣を木造再建する計画があるんですけども、これもそちらにお世話にならないと…」

桑原さん「はい、私もニュースで木造復元のお話を聞きました。ぜひ使って頂ければと楽しみにしています」

多田「燕三条は商人の町でもあって、商売もお上手ですから。ぜひセールスしてください」

もしかしたら、伊勢神宮に続き名古屋城が、“和釘スポット”になるかもしれませんね。
(岡戸孝宏)
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2018年05月17日07時38分~抜粋

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