1月16日、第158回直木賞が決定しました。18日放送の『多田しげおの気分爽快!!』では、書評家で文芸評論家の大矢博子さんが受賞作を紹介しました。
その大矢さん、開口一番「ごめんなさい」と謝罪します。
というのも、先週、大矢さんは澤田瞳子さんの『火定』が賞を取ると予想しましたが、結果は門井慶喜さんの『銀河鉄道の父』が今回の直木賞を取りました。
ただし、大矢さんも「門井さんが対抗馬かな」とは語っており、半分言い当てたことにはなります。
『銀河鉄道の父』ですんなり決定！
大矢さんいわく、選考会で本命としていた『火定』は2番目でした。が、最初の投票の時点で7割の委員が『銀河鉄道の父』に投票したということで、ほぼすんなり決まったようです。
リスナーからメールが寄せられました。「『火定』読みました。久しぶりにすさまじい小説ですね」
多田「Aさんはこっちが直木賞なのかなという感じですね」
大矢「両方読んでいただけるといいですね」
徳川慶喜から歴史好きに
今回の直木賞受賞作、門井慶喜『銀河鉄道の父』について大矢さんが紹介します。
門井慶喜さん（46歳）はもともとミステリー作家としてデビューし、非常に博識な方です。
ミステリーを書いていた時も、美術がテーマだったり、建築や文化財をテーマにしたものが多く、情報小説としても大変面白い作品を書いています。
5年ほど前から転向し、現在の中心は歴史小説とのこと。
ちなみに名前は本名で、「慶喜」は15代将軍・徳川慶喜から名前をとって、お父様が付けられたそうです。
ただ、徳川慶喜は毀誉褒貶が激しい人で、政治家としての名声もあれば、一方で「逃げたダメな将軍」という評価もあります。そんな将軍の名前を付けられたということで、「どっちに合わせりゃいいんだろう」と思いつつ、歴史に興味を持っていたとか。
これが歴史小説へ転向するきっかけとなったそうです。
宮沢賢治の父、政次郎さんの話
今回の『銀河鉄道の父』は宮沢賢治の父・政次郎のストーリー。
物語は賢治が誕生した場面から始まって、賢治が亡くなった2年後までを書いています。この政次郎、祖父が質屋で三代目です。非常に裕福で町の名士でもあったのですが、そこに長男で後継ぎとなる賢治が誕生し溺愛します。
ただ溺愛と言っても、やみくもにかわいがるというより、厳格な明治の家長たる自分をちゃんと持ってなければいけない、厳しくしなければいけない、と思いつつも、ついつい甘やかしてしまうという、大変かわいらしいところがあります。
わがままばかりの賢治
賢治は学校の成績が非常に優秀で中学校に進みます。卒業する時に、この質屋を賢治に継がせて自分は隠居しようと思っていた政次郎ですが、賢治は「継ぎたくない」と言い出します。上の学校へ行きたいとか、飴の工場を作りたいとか、人造宝石をつくる商売をしたいとか、夢みたいなことばかり言います。
父としては「なんだこの息子は」となり、しかもお金を無心してくる。情けないと感じながらも、言われるとお金を出してしまうという親子関係です。
芥川賞も直木賞も宮沢賢治繋がり？
読みどころは、そういう賢治がなんで詩や童話を書くようになったのか。そのきっかけは、すぐ下のトシという妹が22歳の時、結核でなくなったことです。死の床にある妹のために童話を書いたのが最初ですが、このくだりがとても感動的です。
妹の死について賢治が詠んだ詩が、名作として知られる「永訣の朝」です。
実は芥川賞を受賞された若竹千佐子さんの『おらおらでひとりいぐも』、このタイトルがその「永訣の朝」の一節です。ということは今回、芥川賞も直木賞も宮沢賢治の独り舞台だったのです。
ままならない親子の関係
もうひとつの読みどころは、政次郎の父親としての愛情とゆらぎです。厳格な明治の男で、商売人としても家長としてもとても立派だったのに、親になるということは初心者です。そうなると、迷いや反省の連続です。
どんなに父親が立派でも息子がそうなるとは限らない。そんなまったく思い通りに育たなかった息子に対して、政次郎さんがどう接したかを読むと、この父親だったからこの天才童話作家が誕生したのだなとよくわかります。
同時にどんな偉人にも親っていたんだなと、改めて思います。親を心配させたり、手こずらせたりしながら、最終的に立派な人になっていったわけで、親と子の関係から偉人を見直すという点でもとても感動的な親子小説でもあり、家族小説です。
門井慶喜『銀河鉄道の父』（講談社）は1,728円で販売中です。
賢治の印象が変わる傑作です。
（みず）
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