●教えてドクター |
名古屋大学医学部附属病院 中央感染制御部教授
八木哲也 先生
ワクチンは私たちの暮らしに欠かせない身近な存在です。特に小さなお子様をお持ちの親御さんにとっては、お子様が病気や感染症にかからないようにワクチンを接種させる機会が多いので非常に馴染みが深いと思います。開発されて使われるようになってきているワクチンを大きく分けますと2種類あります。一つは「弱毒生ワクチン」と言いまして、健康な方が病気を起こさない程度に弱くしたウイルスなどを直接接種して、それと体が戦うことによって免疫を獲得するというものです。麻疹や風疹などがそういった生ワクチンの部類になります。もう一つは「不活化ワクチン」というワクチンです。ウイルスや病原菌を完全に殺し、感染しないような状態にして接種します。または抗体を作って欲しいウイルスの一部分を切り取り、それを人間の体に接種し、外からウイルスやばい菌が入ってきた場合と同じように反応を起こさせて、免疫をつけようというものです。私たちが毎年打っているインフルエンザワクチンなどはこの不活化ワクチンの代表となります。新型コロナウイルス感染症に対するワクチンも不活化ワクチンの一種です。しかしながらこのワクチンはこれまでにない新しい手法で作られたワクチンです。一つのワクチンが開発されて有効性がチェックされて実用化されるのにだいたい10年くらいかかると言われてきました。しかしこの新型コロナウイルス感染症に対するワクチンの場合は約1年で準備できるようになりました。これはどういうことかと言いますと、先ほど不活化ワクチンのところで申し上げましたように、これまではウイルスやばい菌の一部を切り取ってそれを体内に接種するという形をとっていたのですが、その場合ウイルスやばい菌そのものを取り扱わなければならず、注意すべきことが多く時間もかかっていました。そういった方法ではなく、今回は新型コロナウイルスの遺伝情報であるRNAを人間の体内に入れる方法をとっています。ウイルスがヒトの細胞に感染する時に必要になる非常に重要なスパイクタンパクという名前のタンパクの遺伝情報を体の中に接種するわけです。そうしますと人体がその遺伝情報をもとにタンパクを作ることになります。ウイルスと同じような形で人間は必要なタンパク質を作っていますので、それと同じような仕組みを使ってウイルスのタンパクを作るわけです。ところがそれは人間の体にはもともとない異物なので、免疫反応が起きて抗体が作られ次にウイルスが入ってきた時に体を守ってくれるということになります。これらのワクチンは様々な科学的知識の集積の結果によりできてきたのだと思います。