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【特集記事】アニメ『鉄腕アトム』とCBCラジオの意外な関係

1963年(昭和38年)から3年に渡って放送された、手塚治虫さん原作のテレビ漫画『鉄腕アトム』(フジテレビ)。

この番組は国産初のテレビアニメ番組であるとともに、効果音として現実に存在しないサウンドが多数登場したことで、聴覚面でも強烈な印象が残ったという方も多いでしょう。

今回はあのアトムの足音をはじめ、効果音を多数担当された音響デザイナーの大野松雄さんと、CBCラジオの意外な関係について紹介します。

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大野松雄さんについて

大野松雄さんは1930年(昭和5年)、東京府神田区生まれ。
15歳で終戦を迎え「今夜から灯火管制がなくなるんだな」と考えたそうです。

直後には学制改革のため、大野さんの世代(昭和22年度の旧制中等学校5年生)は、そのまま卒業するか、新制の高等学校へ進級するかを選択する余地が与えられました。
すべてお国のために捧げてきた戦時体制から、突然「自分の将来は自分で決めろ」という話になったことが、その後の運命を左右したといいます。

「剣岳に登りたいから」という動機で旧制富山高校(富山大学の前身)へ入学。
その後文学座へ参加して音響の楽しさを知り、NHK東京放送効果団を経て1953年に独立。日本には前例のなかった音響デザイナーとして、映画や放送の世界で活躍します。

CBCラジオでの仕事

大野さんがCBCラジオと関わりを持ち始めたのは1958年(昭和33年)のこと。

当時CBC東京支社で技術を担当していた佐野龍喜智(つボイノリオや伊藤秀志を育てた佐野喜多男プロデューサーの兄)の招きにより、ラジオドラマ『そこで時は音を立てない』に参加します。

時空を超えたミステリーという斬新な意欲作で、現実感を削ぎ落すため音響効果には電子音が多用されました。

この『そこで時は音を立てない』における調整、つまり音響設計が第13回文化庁芸術祭において奨励賞を受賞しました(受賞名義は効果担当の上島一成)。
その電子音を生み出したのが、誰あろう大野さんだったのです。

電子音でメロディーを奏でる

『そこで時は音を立てない』の成功以降、数作のラジオドラマの他、CBCテレビのドラマでも活躍した大野さんですが、1960年(昭和35年)には大野さんの手がけた電子音がメインとなる番組がありました。

その名もズバリ『電子音ジョッキー』。
深夜番組の1コーナーとして、電子音が奏でる歌謡曲やジャズのスタンダードが中京エリアの夜を彩ったのです。

当時の日本には電子音を合成して作る楽器は普及しておらず、ようやく芸術大学で電子音楽が研究され始めた頃。シンセサイザーが輸入されるようになる10年近く前の話です。

では、大野さんはどのように電子音でメロディーを作っていたのでしょう。
実はスタジオの副調節室にあったオシレーター(発信器)と、オープンリールテープを駆使していたのです。

もともとスタジオのオシレーターは、録音(または再生)レベルの調整や、テープが安定して再生されているかを調べるために使用するのですが、大野さんはこのオシレーター音を、レコーダーの回転数を計算の元に変えながら何パターンも録音しました。

すると音階の違う複数のテープが出来上がります。これらを音階別に並べ、さらに音符の長さによって切り分け繋いでいくことによって、メロディーを紡ぎ出していたのです。

電子音による多彩な表現

オシレーターとオープンリールテープと駆使した音響デザイン。そんな一例を紹介します。
2012年12月、取材で名古屋へ立ち寄られた大野さんに実演をお願いした時の動画です。

 
片方のテープにあらかじめオシレーター音が録音されていますが、リバーブなどのエコー装置はいっさい使っていません。
CBC会館の第2スタジオ(現在は閉鎖)にあったテープレコーダー2台のみを使用したものです。

このように手動でリールを回すなど、通常の使用ではあり得ない裏技を使うことで、現実に存在しない音を生み出した大野さん。
当時銀座にあったCBC東京スタジオでのエピソードを尋ねると「番組の編集もほどほどにして、こっそりと実験をしてましたよ」と笑顔で答えました。

漫画の神様に啖呵を切る

前述の『鉄腕アトム』に音響デザイナーとして参加したのは、『電子音ジョッキー』から2年ほど後のことです。
アニメ版の製作でも指揮を執った手塚治虫さんを相手に「素人は黙ってなさい」と啖呵を切った職人らしいエピソードも。

あの『鉄腕アトム』の足音は、マリンバ(木琴の一種)の音を録音したテープを手動で回転したもの。上記の実演を応用したテクニックです。
種明かしを知れば「なるほど」と思うのですが、放映当時、あの足音が木琴であることに気づいた人は皆無だったはずです。

他にも人の声で効果音を収録し加工するなど、音響によるアニメーションとも言える『鉄腕アトム』。
もしかすると、東京スタジオでの「実験」から生まれたテクニックも使用されていたのかもしれません。

音に対する哲学

その後『ルパン三世』(よみうりテレビ 1971)や『惑星大戦争』(東宝 1977)、つくばEXPO'85などに参加し、オリジナルアルバムもリリースした大野さんですが、その一方で50年近くに渡り、知的障害者施設での演劇活動で協力しています。

2009年に初めてのライブステージを行い、2011年には大野さんを追ったドキュメンタリー映画『アトムの足音が聞こえる』が公開され、再びスポットを浴びた大野さん。
85歳を超えた現在も、イベントでテープテクニックを披露し、後進に影響を与え続けています。

「音楽も音響効果も現実音も、同じ『音』でしかない」

この哲学を今なお実践されているのです。
(編集部/取材協力:田中雄二)
 
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