若狭敬一のスポ音

中日ドラゴンズ、8年前の最下位転落の真相。あの人に聞いてみた!

4月9日、中日ドラゴンズはDeNA戦で勝利し、8年ぶりの単独首位となりました。

前回最後の単独首位となったのは2016年5月10日。このシーズンでは、ドラゴンズは最終的に最下位に転落していました。いったい何が起こっていたのでしょう?

4月13日放送のCBCラジオ『若狭敬一のスポ音』では、若狭アナウンサーが意を決してある人にその真相を聞きます。

[この番組の画像一覧を見る]

8年前の中日ドラゴンズ

8年前の2016年、谷繁元信さんが3年目の監督としてドラゴンズを率いていました。
5月10日に単独首位となった時点で36試合を消化、貯金は4でした。
その後交流戦の最中の6月11日時点で63試合を消化し、30勝30敗3分で勝率5割、セ・リーグ2位になっています。

ところがここから4連敗を3回、5連敗を1回と大きく崩れ、8月7日に借金が15になっていました。そして8月9日、谷繫元信監督と佐伯貴弘コーチの休養、事実上の解任が言い渡されました。

チームは浮上することなく、この年は143試合で58勝82敗3分、借金24の最下位という結果に終わったのです。

投打が噛み合わない

振り返ったように6月11日に5割だった成績が、2ヶ月も経たないうちに借金15にまで落ち込みました。この間に何があったのでしょうか?

若狭「6月の月間打率は2割6厘。この年の月間打率のワーストでした。つまりまず6月にバッターが全然打てなくなったんです」

実はこの年、ピッチャーは好調でした。6月の防御率は2.77。投手陣の頑張りにもかかわらず、打者が絶不調だったのです。

その一例が、この年入団したダヤン・ビシエド選手。
開幕3連戦3連発で華々しいデビューを飾りましたが、6月の月間打率は1割8分4厘。

若狭「ビシエド選手の好不調と、チームの打撃陣の好不調がリンクしてしまって、6月から湿り始めました」

7月になると打撃陣が月間打率2割6分と持ち直します。ビシエド選手も息を吹き返しました。
ところが、今度は投手陣が月間防御率4.28と、この年ワーストになるほど崩れてしまいました。

本人に聞いてみた

この件について、なぜこのようなチーム状態になったのか、若狭は当時の監督・谷繁元信さんに聞きました。

若狭「ちょっと勇気がいりましたよ。だって、クビになった年のことを本人に聞くんですよ」

意を決した若狭に対し、谷繁さんは…。

谷繁「最近、よくニュースで8年ぶりって言うから、ふと思ったら俺の時じゃねえかよ、なんて振り返ってね(笑)」

豪快に笑って答えた谷繁さん。

改めて「チームとしてのスタミナがなかった」と振り返る谷繁さん。つまり選手層が薄かったということだそうです。

若狭「言い換えると、誰かが誰かのカバーをできるチームが強くて、誰かが誰かのカバーをしきれないチームが弱いということなんですね」

反省の弁

若狭は谷繁さんに2016年のチーム成績をひと通り説明。すると、谷繁さんから意外な言葉が返ってきたそうです。

谷繁「6月まで5割だったの?それ初めて知った。というか、そんな感覚なかったよ」

つまり単独首位となったものの、実はチームの状態は序盤から苦しく、当時の谷繫監督が選手をなんとかやりくりしながら6月までは粘っていた、と推測する若狭。

さらに谷繫さんは反省の弁も述べたそうです。

谷繁「選手層が薄い中、やりくりをするのが監督。そして開幕前に選手層を厚くしておくのが監督の役目なので、私としては至らない部分が多かったなあ」

ピンチの時のカギは?

谷繁さんに今年の中日について質問した若狭。

谷繁さんからは「2016年と違い、一軍の投手、野手、さらに二軍の選手層も厚いので大丈夫」という太鼓判をもらったそうです。

しかし調子はよくても、躓くこともあります。不安が拭えない若狭は「ドラゴンズ、今後良くないことがあるとしたら、どんなこと?」と尋ねました。

谷繁「まずいなって思う予兆は、先発ピッチャーがバテ始めた時」

シーズンが進み、例えば交流戦が始まる頃に、先発ピッチャーが序盤に点を取られ始めたら黄色信号。

その時のカギを握るのが、ビハインド展開で投げるリリーフピッチャーだそうです。如何に、相手にそれ以上点を与えずに試合を組み立てることができるか?

若狭「誰かが誰かのカバーをする。ビハインド展開で出て行くピッチャーが何とか試合を作ることができれば大きな連敗を避けられるそうです」

今年は基本大丈夫。谷繁さんの言葉を信じましょう。 
(尾関)
若狭敬一のスポ音
この記事をで聴く

2024年04月13日12時31分~抜粋

関連記事

あなたにオススメ

番組最新情報