ドラ魂キング

進学していたら「スピードガンの申し子」は誕生しなかった?小松辰雄

中日ドラゴンズの投手で野球解説者の小松辰雄さんが、12月22日『ドラ魂キング』に出演しました。

今年ドラフトで指名された6人の選手が入団しましたが、番組では小松さん自身が入団した時のことが話題になりました。

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今年のドラフト総評

中日ドラゴンズの新入団選手は、ドラフト1位の背番号42番、アドゥブライト健太選手。
2位の背番号4番、鵜飼航丞選手。
3位の背番号26番、石森大誠投手。
4位の背番号43番、味谷大誠捕手。
5位の背番号56番、星野真生選手。
6位の背番号23番、福本悠真選手の6人です。

今年のドラフト、小松さんの総評は?

小松「現状、ピッチャーは結構そろってるんで、一人しか取っていなくても良かったんじゃないかと思います。野手に一発を打つバッターが今いないですからね」
 

打撃に期待

1位のブライト選手は、バネがあって足も速そうだという小松さん。
また、2位の鵜飼選手は10月の東都大学野球リーグで4試合連続ホームランを打っています。小松さんは、この時のある打席に注目していました。

小松「何発目かを打った時に、インサイドのボールをうまく肘を畳んで打ったのが凄く記憶にあるんだよね。あれがプロに入っても出来たらいけるんじゃないですかね」
 

唯一の投手

ドラゴンズが唯一、投手で獲ったのが3位の石森投手。サウスポーで速い球を投げるそうです。

石森投手は小松さんと同じ石川県の能登半島にある羽咋郡出身。さらに二人には共通点がありました。石森投手がいた遊学館高校野球部の山本監督は、小松さんが高校時代の体育の先生だったそうです。

小松さんと山本監督はもちろん面識があり、石森選手が入団した時には電話がかかってきたそうです。

小松「教え子が入ったから頼むよってことを言ってましたけども、まあ、頼むと言われても応援するぐらいしかできないんですけどね」

元も子もないことを言う小松さん。それでも偉大なOBがいるという事は、石森投手にとって頼もしいことでしょう。
 

1977年の中日の指名選手

ここから小松さんのドラフトの時を振り返りました。
今年62歳の小松さん、星稜高校からドラゴンズにやってきたのが43~44年前の事。星稜高校からプロ入りしたのは小松さんが第一号だそうです。

1977年のドラフト会議で小松さんはドラゴンズから2位指名を受けました。1位指名されたのは藤沢公也投手。甲子園、社会人で活躍し、アマチュア野球世界選手権日本代表にも選ばれています。

藤沢投手は過去にドラフトで指名されて4回プロ入りを拒否しています。当時の年齢は26歳。年齢的にプロ入りを決断するならこの辺りが最後。

1位で指名すれば入団してくれるだろうという思惑がドラゴンズにはあったようです。藤沢投手は、5回目の指名でついにプロ入りを果たしました。
 

強気の高校三年生

1977年のドラフト、プロ入りを拒否し続けた藤沢投手とともに話題だったのが速球の小松さんだそうです。
小松さん自身は絶対1位で指名されるだろうと思っていたんだとか。

小松「ところが2位だったんで、ちょっとおもしろくない。
ドラフトの夜にスカウトの人から電話があったんですが、『僕は大学行って1位になるような選手になりますから、来ないで下さい』と言っちゃったんですよ(笑)」
 

揺れる小松さん

小松さんは大学に行く気はなかったそうですが、翌日学校へ行って、当時の野球部の山下監督に大学行きを告げたそうです。

すると山下監督は大喜びで駒澤大学の太田監督に電話。
山下監督としては、星稜高校から大学野球へという道を作って欲しかったようです。太田監督はすぐに金沢に飛んできたんだとか。

小松「そこまでいってたんですけどもね、僕がぐずってるもんですからドラゴンズは、スカウトを法元さんに変えたんですよ」

法元英明さんはドラゴンズだけでなく野球界に知られた名スカウトでした。
法元スカウトが来ると、今度は太田監督が来る、ということがあったそうです。
 

一カ月間話し合う

法元スカウトは、小松さんの指名が2位になった経緯などを話してくれたそうです。一ヶ月かけて話し合った結果、小松さんはドラゴンズ入りを決断。決め手を尋ねると…。

小松「やっぱり法元さんの熱意ですね。法元さんでなけりゃあ入ってなかったかも知れないです。こっちの身になって考えてくれましたからね」

一カ月の話し合いの後、法元スカウトは小松さんを富山の料亭へ食事に誘ったそうです。

小松「そこで、お前の気持ちを聞かせてくれと。おまえが大学へ行くって言うなら、俺はそっちを応援するからと。そこで法元さんに任せます。ドラゴンズに行きますと言ったんです」

 

才能を大切にする大人たち

小松さんは入団を告げた時のことをこう話しました。

「法元さんは、頭の上から下まで血の気が引いたって言ってましたね」

ここで、めでたし、めでたしではありませんでした。
次の日、学校へ行ってプロ入りを告げると、治まらないのは山下監督。校長室から自分で駒沢大の太田監督に電話させられたそうです。

「太田監督にプロで行きますと言ったら、『そうか、分かった。早くユニフォーム着れるように頑張れ』と言ってくれましてね。ユニフォーム着れるように頑張れということは早く一軍に上がれということなんですよね」

プロと大学、両者の思惑が絡み合いつつも、どちらも小松さんの身になって考えていたのでした。 
(尾関)
 
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2021年12月22日18時15分~抜粋

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