シーズン真っ盛り!盆踊りについてあれこれ

多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N / カルチャー

8月10日放送『多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N』では、この時期ならではの話題「盆踊り」について取り上げました。

有名どころでは徳島の「阿波おどり」や札幌の「YOSAKOIソーラン祭り」、東海地区では岐阜の「郡上おどり」や「白鳥おどり」の徹夜おどりなどがありますが、意外と知られていない盆踊りの成り立ちや、開催される理由などについて、CBC論説室の石塚元章特別解説委員が解説しました。

「踊り」と「舞」の違い

盆踊りには大きく分けて2種類あり、やぐらを中心に輪になって踊る「輪踊り」と、町の中を歩いていく「流し踊り」があります。

盆踊りはその名の通り、あくまでも「踊り」であって「舞」ではありませんが、現在はその違いはあやふやになっています。

というのも、明治時代、日本に英語が入ってきた時に、劇作家の坪内逍遥がダンスを「舞踊」と称したために、踊りと舞の区別を付けなくなったからなのですが、昔は分けられていました。

舞はある程度専門的な知識が必要で、少人数で行う、ゆっくりと体を回す動きが基本なのに対し、踊りは特別な舞台や知識は不要で、跳躍などの足の動きが必要なものです。

盆踊りは間口が広く、まさに踊りの代表格だと言えますね。

盆踊りが娯楽目的に

では、そもそも盆踊りはどのようにして生まれたものなのでしょうか。

石塚は「諸説ありますが、その中でも有力な説として」と断りを入れつつ、お盆の時期に踊るから先祖の供養のためだと思われそうですが、意外とそんなに単純でもないと前置きしました。

平安時代に仏教を広めるため、歌ったり踊ったりしながら念仏を唱える「踊り念仏」が起源とされています。

その後、安土桃山時代になると村落などの地域共同体ができて、地元の結束力を固める、地元の人間で楽しむ目的で踊るようになり、宗教的意味合いは薄れていきます。

そして近現代に盆踊りが盛り上がっていくようになりますが、盛り上がる要素もいろいろとあるようです。

まず、旧暦のお盆は7月15日ですが、月の満ち欠けをベースにした太陰暦ですので、その日は必ず満月となって精神的に盛り上がるということ、同じリズムの繰り返しで、気分が盛り上がっていくということ、昔は盆と正月ぐらいしか休みがなかったので、ハレの場の娯楽として盛り上がったということなどが考えられます。

クラブも盆踊りも一緒!?

大いに盛り上がったということは、男女の出会いの場にもなっていった、今でいう合コンのような目的にもなっていましたが、風紀の乱れが問題視されたため、特に明治時代は盆踊りを厳しく取り締まるようになり、いったん廃れていきました。

しかし、大正・昭和初期になると、レコード会社が盆踊りのための曲を発売するようになりました。

「東京音頭」は1932年(昭和7年)に元々「丸の内音頭」として制作されたもので、百貨店の宣伝イベントとして開催された日比谷公園の盆踊り大会で使用されたのが始まりだということです。

また「炭坑節」は民謡として昔からありましたが、レコードが発売され、戦後しばらくは石炭が国策産業だったことも手伝って、盆踊りでも広く使用されました。

その時代の曲を使って盆踊りが行われているのは当然であって、必ずしも昔の曲を使い続ける必要はないわけです。

そう考えると、愛知県を中心に荻野目洋子さんの「ダンシング・ヒーロー」が盆踊りで使われるのも、自然な流れであり、さらに若者がクラブで踊るのも、現代の盆踊りそのものとも言えそうですね。
(岡本)
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2018年08月10日07時18分~抜粋

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