2018年1月10日(水)

私が「星野さん」と呼ぶ理由。皆さんから寄せられた星野さんへの思い

つボイノリオの聞けば聞くほど / トーク

1月8日『つボイノリオの聞けば聞くほど』。6日に報道があった星野仙一さんの訃報について、リスナーからたくさんのおたよりが寄せられました。
星野さんの訃報以来、野球人、有名人など様々な人が星野さんとのエピソードを語っていますが、リスナーにも様々な思いやエピソードがありました。つボイノリオと小高直子が紹介していきます。

自分の中の永久欠番

「たまたま名駅のタクシー乗り場で、星野仙一さんに遭遇して怖いイメージとオーラに押されて声をかけることすらできませんでした。人知れず癌と戦っていたなんて、まさに闘将にふさわしいなと思います」(Aさん)

「背番号77が私の中で永久欠番となりました。せめて背番号77の年を迎えて欲しかった」(Bさん)

77番は星野さんが中日、阪神、楽天の監督時代につけていた背番号です。

「もし77で訃報を聞いても、それでも早いぞや。77までいかへんかったんですもんね」とつボイノリオ。星野さんは享年70歳でした。

星野だけが書いてくれた

「私がまだ小学生だった頃、ドラゴンズが浜松でキャンプをしていて、よく見に行きました。練習が終わった後に、選手たちにサインをせがんだんですが、ほとんどの選手が素通りでした。
そんな中、星野さんだけが『坊主、サインしたるぞ』と立ち止まって書いてくれました。当時からちょっと怖そうな雰囲気でしたが、実は優しい人なんやなと思いました」(Cさん)

背番号20

「自分たち世代は、やはりドラゴンズ背番号20番の星野仙一です。やっぱりドラゴンズ20番の星野さんが忘れられません。引退後は小松さんとかソン・ドンヨルさんが背番号20番をつけていましたが、やっぱりドラゴンズ20番といえば何年経っても星野仙一です。永久欠番に値すると思います。
最後に監督を務められた楽天時代に、巨人との日本シリーズの前に、インタビューで選手に代わって自分が投げたいくらい、と言っていた言葉が忘れられません。ご冥福お祈りいたします」(Dさん)

「星野仙一20番。古くは杉下茂さんがつけていた番号です」とつボイ。杉下さんは、フォークボールの神様といわれた名投手です。1959年から1960年まで中日ドラゴンズで活躍しました。

忘れられない優勝シーン

「サード島谷がライナーをキャッチして、星野と木俣がグランドで抱き合ったのが鮮明に残っております」(Eさん)
1974年、中日が20年ぶり2度目のリーグ優勝を決めた試合です。

「こういう名前を聞いただけでも、そうそうその時代、と思い出しますね。木俣さんも星野さんとのバッテリーで、すごい勝利に貢献しましたが、時代が変わって今、木俣さんは”逆予言士”と呼ばれる地位を獲得しましたね」とつボイ。
ペナントレース予想が、ことごとく逆の結果になるという木俣達彦さんです。

宇野勝ヘディング事件

「宇野勝ヘディング事件で激怒した星野仙一がグラウンドにグラブを叩きつけたのが印象的でした」(Fさん)

「私は子供の頃に見ていた星野さんの一番の思い出は、巨人戦でショートの宇野選手がフライを取り損ねてグローブを叩きつけたことです」(Gさん)

宇野勝ヘディング事件は1981年、後楽園球場での巨人戦でのことです。7回まで2安打無失点で抑えていた星野さん。7回裏二死一塁で、バッターがショートへフライを打ちあげました。

つボイ「もう抑えられるなと思ったら、コーンと。宇野選手はヘディングの名手と言われてますねえ」
小高「言われてない。名手じゃない。有名なエピソードではありますが」
つボイ「ヘディングをゴーンで、えらいことになりました。そして、これに怒ってグローブをバーンと叩きつけた星野さん。テレビの珍プレー好プレーには、毎回のごとく、出てくるあれでございます」

テレビの珍プレー好プレーで何度もリピートされたこともあり、やはり、これは忘れられない人が多いようです。ちなみにこの試合は、ヘディングの後、巨人に1点返されましたが、2対1で中日が勝ちました。

本当にすごい人とは

「当時、私は巨人ファンでしたが、王選手に勇猛に立ち向かう姿、テンポよく投球する姿は敵方ながらあっぱれ、という感じで、とても好きでした」(Hさん)

「こういう人が本当のすごい人でしょうね。『俺は別に中日ファンやないんや』と言う人にも『すごい』って言わせるところが、すごいとこやと思いますよ」とつボイ。

私が「星野さん」と呼ぶ理由

「あれは昭和57年にドラゴンズが優勝した時、当時は豊橋でも優勝パレードがあったんです。私も見に行きましたが、星野さんはパレードカーの後ろに、どかっと座っていました」

「私が車を追いかけて、『星野―!星野―!星野―!』と連呼したら、星野さんがカッと睨んで『星野じゃない。星野さん、だろ』と怒られたんです。私がビビっていたら、ニコッと笑って手を振ってくれたんです。その変わりようがたまらなく良くて、私は生涯”星野さん”と呼ぶことにしました」(Iさん)

まるで「ちびまる子ちゃん」にでも出て来そうな、ほんわかしたエピソードです。
皆さん、それぞれの中に星野さんへの思いがありました。 
(尾関)

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