2017年11月17日(金)

七五三における「千歳飴」の本当の役割

つボイノリオの聞けば聞くほど / トーク

「11/15は七五三です。私は七五三や成人式は縁がなく、写真も撮らずじまいなので、娘たちにはと想いを込め着物を着せて、記念写真も撮りました。しかし三女は『嫌だ、恥ずかしい』と七五三も成人式の写真もありません。今、七五三事情は結婚式同様前撮りで、着物からドレス、七五三でもないこどももオシャレをして、一緒に記念写真をします。孫たちがそれでした。今はいいなあ」(Aさん)

11/15の『つボイノリオの聞けば聞くほど』は、こんなおたよりからスタートしました。

というわけで、七五三のこの日。
番組には七五三に関するおたよりが多く寄せられました。

七五三未経験のつボイ

「私も七五三も成人式も何も残ってないですよ。成人式は行きませんでしたし、七五三も親にやってもらえなかった」と、つボイノリオ。

これには苦笑するしかない小高直子。

つボイ「妹もないと思うわ、七五三。昔は貧しかったですから、そういうことをやらない家庭もずいぶんあって、家も貧しい部類のアレだったですけれどもね」
小高「今はレンタルとかね、いろんな形でお祝いができますし」
つボイ「そういうシステムがなかったんやろなぁ」

3人同時に七五三

「我が家も30年前に3人のこどもが同時に七五三をやり…」(Bさん)

つボイ「これ効率良かったねぇ」
小高「大変だけどね!」
つボイ「七・五・三や」

「着物を着せる時には泣きじゃくり、写真を撮るどころか、僕と妻は戦争状態です」(Bさん)

つボイ「親の心、子知らず。一生懸命やったのに、窮屈やし嫌やー、言うて」
小高「へーそうですか!」

小高の反応に、つボイが「あんたのとこはどうやった?」と尋ねます。

「うちの子は3歳の時から鏡に向かって興味津々でしたけどね。あーやっぱり女の子だな、なんて思ったりしましたが」

小高の娘は、かなりおしゃまさんだったようです。
いや、イマドキはこんな子の方が多いのかもしれません。

「千歳飴を与えたら機嫌が良くなりました」(Bさん)

千歳飴の存在意義

つボイ「千歳飴って一番の意味はそういうことですよ」
小高「そういうことです」
つボイ「この子が長生きするように、とかというのは後付け。『泣き止み飴』、これが千歳飴の由来という風に私は思いますけどね」

千歳飴にはこどもが千歳まで生きられますように、という親の願いが込められているもの。
というのは建前で、本当はグズったこどもを泣き止ませるための「泣き止み飴」であろうと推察するつボイ。

「最初は機嫌が良くてもだんだん歩くのが疲れて、機嫌が悪くなって、抱っこ・おんぶで終わるのが七五三のパターンです」と断言する小高。

やっぱり千歳飴

「小さい頃は七五三とお稚児さんがごっちゃになってました。どっちにしても男坊主の僕とっては『なんでこんな格好せなあかんのじゃあ』と思っておりました。千歳飴だけはうれしかった」(Cさん)

「やっぱりこれや。泣き止み飴や」と自信を深めるつボイ。

「家の子が3歳の時、足袋を履くのを嫌がって大泣きしていたことを思い出しました」(Dさん)

つボイ「足袋いうのも履きなれん」
小高「ヨイショ!って履かないといけませんからね」
つボイ「『こはぜ屋』の足袋やったら履きやすい」
小高「『陸王』か!」
つボイ「あーすいませんでした」

つボイ「やっぱり『飴でなだめました(Dさん)』や。飴は必要。だんだんわかってきましたね、あの千歳飴の」

つボイ&小高「意味!」

つボイ「嫌な格好をさせてるのをバーッと舐めさせてごまかして。神社まで連れて行くという『役目飴』です」

千歳飴が七五三において、言い伝え以上の具体的な働きをしていることが判明してきました。

かしこみかしこみウギャー!

「長男が七五三の時は町内で祝っていただきました。氏神様で御祈祷してくださり、神妙な顔をして頭を下げて聞いていたのは私だけ。当の長男は外を駆け回っておりました。千歳飴をもらったら、笑顔でまた走り回っていたなぁと思い出した、はるか昔のことでございます」(Eさん)

このEさんのおたよりで思い出したことがあるつボイ。

「うちの子、確か七五三の小さい時『ウワーンウワーン』泣いてました、1人だけ。シーンとして(神主)『かしこみーもごもご』(子)『ウギャー』(神主)『むにゃむにゃ』(子)『ウギャワー』って言ってた。聞かんか、ちょっとこのありがたい祝詞をと思いましたけれどもね」

つボイ「今、泣いてくれる演出で良かった、祝詞は全然わからへん。泣くということで中断できました」
小高「かしこみかしこみ、ぐらいしかわからん」

苦い思い出も素敵な思い出

「私の七五三の写真が残っております。もう50年も前になるんですが。当時は地域のこども達が集まって合同で行っていたようです。親たちも一緒の集合写真です。その中の私は、皆が手に持っている千歳飴の袋をすでに開けて、1人舐めてました。それを後ろの席でジロリと睨む母の姿もしっかり写っております。まさに親の心、子知らずだったなぁと思います」(Fさん)

「やっぱり七五三の思い出があっていいです。私は一つもないんで皆さんが、大変うらやましいです」と、しみじみしてしまったつボイでした。
(minto)

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