2017年8月10日(木)

なぜ野球のショートは「遊撃手」と呼ばれるのか

丹野みどりの よりどりっ! / スポーツ

日常にある素朴な疑問・気になって仕方がない「アレってなんで?」といったリスナーから送られた「キニナル」を、番組チームが調査し、さらに詳しい方々に伺うコーナー「これってキニナル」。

リスナーから「一塁はファースト、二塁はセカンド、三塁はサードとその塁を示して呼ばれているのに、ショートはなぜショートストップとか、遊撃手という名前が付いているのか」という疑問が寄せられました。

そこで、今回は野球のポジションの「ショート」がどうして「遊撃手」と呼ばれているのかついて、野球殿堂博物館の筆谷敏正(ふでたにとしまさ)さんにお話を伺いました。

野球殿堂博物館ってどんなところ?

野球殿堂博物館は1959年(昭和34年)に、当時の後楽園球場に隣接する場所に開館した、日本初の野球専門の博物館です。
1988年(昭和63年)の東京ドームのオープンに伴い、東京ドーム内の場所に移転しました。

野球殿堂博物館では、野球の歴史と現在をわかりやすく紹介しています。
野球の誕生から現在に至る資料、約40,000点を収蔵している他、館内にある図書室には、野球関連の図書や雑誌など約50,000点が収蔵されています。

ショート=遊撃手はなぜ?

さて、本題のショートの呼ばれ方についてです。

まず1896年(明治29年)に出版された『ベースボール術』という書籍には、英語で”Short Stop”と書かれています。

英語のショートが日本語で「遊撃手」となるのは、いつからなのか具体的にはわかりませんが、野球殿堂入りもしている中馬庚氏が1897年(明治30年)に出版した『野球』という書籍には「遊撃」という言葉が出てきます。
その後出版された明治時代の資料には「遊撃」「遊撃手」との表記が定着しています。

「報道機関の役割の中にも『遊軍』という言葉があって、どんなテーマでも行くという記者がいますよね」と丹野。

「遊撃」とはあらかじめ攻撃する目標を定めないで、戦況に応じて敵の攻撃や見方の援護にまわるという意味だそうです。

実際に、当時はピッチャーの傍で守っていたショートが内野のボールを取って、それぞれの塁にいる一塁手、二塁手、三塁手に送球していました。

そもそも、1845年に現在の野球に直接つながるルール(ニッカー・ボッカー・ベースボール・クラブ・ルール)がニューヨークで生まれたのですが、このルールでは「21点先取で勝利」「投手は下手投げ」など、やはり今とはかなり違うものでした。

日本とアメリカのベースボール交流

日本へ野球が伝えられたのはいつだったのでしょう?

1872年(明治5年)に、第一大学区第一番中学(後の東京大学)のアメリカ人教師ホーレス・ウィルソンが生徒たちに教えたのが最初と言われています。
そこから徐々にベースボールが日本にも伝えられ、ルールについても影響を受けていったと言われているそうです。同様にショートのポジションも影響を受けて変わっていったのでしょう。

翌年、第一番中学は開成学校と名前が変わり、道の向かい側に移転し立派な運動場も作られました。
現在、その場所(東京都千代田区神田錦町)には学士会館があり、敷地内に野球発祥の地のモニュメントがあります。

また、日本で最初の本格的野球チーム「新橋アスレチック倶楽部」は、アメリカからルールブックや、野球用具を取り寄せていました。そして、1905年(明治38年)に早稲田大学の野球部が初めてアメリカへ遠征しました。

それまでは脚絆や足袋を使用していたのですが、以降はスパイクを履くようになったり、ワインドアップ投法を教えてもらったりなど当時の最新の野球技術を日本に持ち帰りました。

その後、アメリカのチームが来日するなど、両国は活発に交流していました。
こうした経緯を経て、現在の野球スタイルが確立していったのですね。
(ふで)

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