2017年6月20日(火)

牛島和彦が遠征先で朝までホテルに戻らなかった理由

若狭敬一のスポ音 / スポーツ

6/17の『若狭敬一のスポ音』は、中日ドラゴンズ対西武ライオンズの交流戦直前のナゴヤドームから生放送しました。

今回のスペシャルゲストは、直後に試合中継が控えているCBC野球解説者の牛島和彦さん。
リスナーからの質問に答えたり、高校時代の話も飛び出しました。

実はスコアブックが書けなかった

牛島和彦さんの経歴を簡単に記します。
浪商高校で「ドカベン」こと香川伸行とバッテリーを組んで甲子園に3度出場し、1979にドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。86年のオフでロッテオリオンズへ移籍し93年までプレイ。
2005年から翌年までは横浜ベイスターズを監督として率いました。

「実況ブースから野球中継ではない番組を放送するというのはどんな気持ちですか?」という若狭敬一アナの問いに、「どうしていいかわかんないですよね」と牛島さん。
早速リスナーからの質問に答えます。

「牛島さんは解説デビューされる時に、何か練習や訓練などはしたんですか?」(Aさん)

「しゃべりの訓練とかは何もしてないんですけど、スコアブックが書けなかったので、解説になった1年目にオープン戦でスコアブックを書く練習をしに行ってました」

スコアブックについてはだいたい読めるけど、あまり見てはいなかったとのこと。
これには若狭も「カッコいい!過去の投球の反省材料としてスコアブックを見るのかと思ったら、見ない!」と驚きます。
牛島さんいわく「記憶に残ってる」とのこと。
ピッチャーというものは打たれた球ほど覚えているものなのかもしれません。

解説者となってからはしゃべりながらでも書ける練習をし、ピッチャーの球種の所は色分けしたりして、書いていたそうです。

遠征先では泊まらずに朝帰り

「ビジターの宿泊先は、会社が指定するんですか?自分たちで予約するんですか?」(Bさん)

宿泊先のホテルは会社がとるそうです。「スイートルームに泊まれたのは監督になってからですね」と牛島さん。

現役時代は、旅館の2人部屋だったそうです。
ここで若狭は「牛島さんは泊まることなく、夜の街に消えていったんですよね?」と、かつての取材で聞いた話を振ります。
「中途半端に起こすな。起こすんだったら、朝に起こせって言われました」と牛島さん。
同じ部屋の選手にとって、夜中の2時3時に帰ってこられるのが一番迷惑なので、だったら朝に帰ってこい、ということだったそうです。

「父の日にもらったもので思い出深いものはありますか?」(Cさん)

「父の日って、もらえるもんですか?こどもたちは大人になってから着るものとかをくれることはあったけど。父の日っていつか知らなかったですもん」
現役時代の武勇伝っぽい話から、お父さんの話になると、世間一般のお父さんと変わらなくなる牛島さんです。

若狭からの「牛島さんがこどもの頃、お父さんにプレゼントしたことは?」という質問には即答で「そんなことするタイプだと思います?」と牛島さん。

「現役時代、暑さ対策はしてましたか?」(Dさん)

「暑さ対策は僕らの頃は、ほとんどなかったですね。冷たいものばっかり飲むとバテてしまうんで、現役の時は温かいお茶を飲んでました」

疲れてくると、食べられなくなるタイプという牛島さん、意外に繊細な一面を見せます。

監督に従わない高校球児

いよいよ夏の甲子園、地方大会がはじまりました。全ての高校球児にメッセージを送るとしたら?

「自分が勝負しにいって、後悔しない方法を選んでほしいと思います」

この言葉の裏にはこんなエピソードが。

浪商高校時代、夏の準決勝9回に牛島さんが打席に入った時のこと。2点差でノーアウト1塁2塁。送りバントのサインが出ました。
高校野球で監督には逆らえないものですが、牛島さんはサインが出てから「OKと返さないとダメなんですけど、返さなかった」とのこと。つまり監督の指示に従わなかったのです。
思わず「そんな高校球児、います?」と思わず言ってしまう若狭。

監督としてはバントで2塁3塁にして、なんとか同点に追いつきたかったところ。牛島さんが打ちにいった理由を語ります。

「ずーっと投げるわけです。バントして同点になって延長戦、次の日は決勝戦ですよ。春はそれで失敗してるわけ。早く決着付けないと疲れて次の試合は勝てない、という思いがあって」

ただし結果はゲッツーだった牛島さん。若気の至りだということでしたが、後悔はしていないそうです。

「正直な話、夏は甲子園に行くこと自体が難しい。しかも春に準優勝している分、夏は優勝を目指さなければいけない。それを背負ってひとりで予選から何百球も投げてられない」

プロはメンタルが大切

「牛島さんが若い頃に刺激を受けた先輩ピッチャーはいましたか?」(Eさん)

「小松辰雄さんは凄かった。あと鈴木孝政さんのボールの回転量。えらいところに来てしまった、と思った」

この二人に衝撃を受けた牛島さん、まずとにかくリキんだそうです。悩んでリキむほどスピードは出ません。

「開き直って、契約金泥棒と言われてもいいのかと思ったら、真っすぐが走り出した」

一番大事なのはメンタルなようです。

契約金の使い道は?

ちなみにプロとして受け取った契約金については、親に「税金を払って残った金で家を買ってくれ」と渡したそうです。

父の日には何もしないのに、すごい親孝行をしています。

ちなみに全額親に渡した代わりに、車を一台買ってもらったという牛島さん。
逆に言えば、契約金は車一台しか残らず、全て両親のための家に。
「あとはグラウンドで稼いでやろうと思った」と言う牛島さん。
その気持ちがプロで生き残れるかどうかの決めてなのでしょう。
(尾関)

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