元ドラゴンズ監督で野球解説者の山田久志さんが、4月23日放送の『若狭敬一のスポ音』(CBCラジオ)に出演し、「開幕投手の一球目の意義」について語りました。
大投手として一球目の大切さを、若狭敬一アナウンサーにもわかりやすく説明します。
一球目をラジオ番組に例えると
現役時代、12年連続開幕投手を務めた山田さん、開幕第一投の意義をこう語ります。
山田「開幕おめでとうございますっていう意味と、さあ今年も始まりますっていう意味での儀式なんですよ」
一球目は儀式だからバッターは振っちゃダメ、という山田さん。
ここはいろんな意味合いを込めて、まずピッチャーが投げてミットに納まる、その音を聞いて、この時のレースが始まります。
山田「若狭さんは自分で番組持ってるからわかるでしょうけども、番組のファンファーレと一緒ですよ。ファンファーレが鳴って、第一声を喋る。ここは黙って聞かなきゃいけない」
野球中継でも、第一声はアナウンサーから。例えば「バンテリンドーム、中日対巨人、第一回戦…」とアナウンサーが言って始まります。
開幕の一球目はこの第一声と同じだそうです。
山田「解説させてもらってるけども、プレイボールとゲームセットは、アナウンサーの特権だと思ってる。あそこは私はじっと聞いてる。そういう解説を心がけています」
プロ野球史上たったの二人
この話を山田さんから聞いていた若狭、別の番組でこれを話したそうです。
その際、開幕一球目をホームランした選手を調べたところ、過去に二人いたんだとか。
その一人が巨人の高橋由伸選手。
2007年、横浜スタジアムの開幕戦で、現在のDeNAの監督の三浦大輔さんが投じたボールをホームランにしてしまいました。
山田「振ってしまったということだね」
過去の新聞記事を見ると、現役時代から山田さんは「そんな失礼な奴はけしからん。そんな失礼な奴はいない」と言っていました。
失礼な先輩
若狭「もう一振りが1962年です。打たれたピッチャーが南海のスタンカさん。打った方が衆樹資宏(もろきすけひろ)さん。
山田「阪急の先輩だ!失礼なことをしたんだな、衆樹さん」
衆樹さんは、神奈川県湘南高校から慶応大学。1957年、慶応大学から毎日オリオンズへ入団。1960年~1966年は阪急ブレーブス。現役最後の年、1967年は南海ホークスでプレーしました。
1999年に65歳で亡くなっています。
山田「衆樹さんって慶応の4番バッターですよ。男前でかっこよくて」
山田さんが阪急に入団したのは1968年。ほぼ衆樹さんと入れ違いの格好です。
「だけども何回か会ってます。『山田ってのはお前か。ふ~ん』。それで終わり」と振り返る山田さんです。
ノムさんもびっくり?
「初球ホームランが、まさか阪急の選手だとは思わなかったなあ」と笑う山田さんと若狭。
山田「スタンカさんも背が高くて、身体の大きなピッチャーだった。まさか打ってくるとは思ってなかったんじゃないかな。キャッチャーは野村さんじゃないかなあ」
野村克也さんの可能性が高そうです。
山田「ノムさんのような警戒心の強い人は、打ってくると思ったら、真ん中真っすぐなんか投げさせないよね。一球目っていうのはそういうもんですよ」
野村さんも、一球目を儀式的なものと考えていたのかもしれません。
開幕投手への長い道
一回の裏に関しては、去年、楽天の辰巳選手が打ったホームランが記憶に新しいところ。例え一回の表が0点で終わっても、もうゲームは動いています。
山田「本当の開幕っていうのは、1回表、あのプレイボールの、あの一球目なのよ。当時のバッターはそれをよくわかっててね、振るっていう人はあんまりいなかったと思う」
12年連続開幕投手を務めた山田さんですが、意外にも最初に開幕投手を務めたのが7年目。それまで、ずっと二桁勝利、20勝の経験もあったにもかかわらず、西本監督時代の5年間はやらせてもらえなかったそうです。
西本監督から上田監督になると、なぜか1年目はリリーフの要請でした。
山田「だから、なんでリリーフなのよ?先発したら間違いなく15は勝ちますよっていうピッチャーを」
次の年から、12年連続、開幕投手を任されます。
ドキドキと快感
山田「一球目は快感ですよ。アンパイアがプレイボールって言って、キャッチャーがサイン出すよね。真ん中真っすぐ。バチーン。球場がウワーってなって、ああいいなあと思う」
一球目はストライクにこだわった山田さん、ボールになることは恥ずかしいことだと思っていたそうです。
山田「真ん中真っすぐを投げることに集中してた。だからちょっとはドキドキしましたよ。ちょっと手首堅くなってました」
開幕一球目は儀式。その球をホームランにしてしまった選手は、山田さんのまさかの大先輩、阪急の衆樹さんでした。
(尾関)
若狭敬一のスポ音
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2022年04月23日12時46分~抜粋