RADIO MIKU

ドラクエで育った新進気鋭クリエイター・瀬名航の創作のルーツに迫る!

1951年9月1日午前6時30分に、日本初の民間放送局として第一声を発した名古屋のCBCラジオ。
開局から70周年、その周年キャンペーンの公式イメージイメージキャラクターに、バーチャルシンガー「初音ミク」を起用しています。

4月11日、この「初音ミク」界隈のクリエイターを取り上げる番組としてスタートした『RADIO MIKU EX』。

記念すべき初回では、いわゆる「ボカロP」として音楽活動を始め、現在はアイドルやゲーム等にも楽曲を提供している音楽作家の瀬名航さんが出演。
「初音ミク」ファン歴13年の清水藍が、瀬名さんのこれまでの音楽との関わりについてインタビューしました。

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影響を受けた音楽

瀬名航さんは、CBCラジオ開局70周年キャンペーンソング「時代を超えた遊び場で」を作られています。
4月17日に25歳になる瀬名さんは、出身も在住も静岡県で、地元で音楽活動をしているそうです。

清水「やっぱり音楽は身近にあったんですか?」
瀬名「そうですね、親が音楽好きだったので車の中などで常に音楽が流れていました」

瀬名さんの両親は広瀬香美さんや宇多田ヒカルさんといった女性アーティストを聴いていたそうですが、瀬名さん自身はどんな音楽が好きだったのでしょうか?

瀬名「小さい頃はゲームが好きで。ドラクエ(ドラゴンクエストシリーズ)やファイナルファンタジーをやっていて、ゲーム音楽のサントラとか買って聴いていました」
 

ボカロPになろうと思ったきっかけ

ボカロP(初音ミクなどの音声合成ソフトで楽曲を制作するクリエイター)になろうと思ったのはなぜだったのでしょう。

瀬名「きっかけとしてはニコニコ動画ですね。ニコニコ動画にあがっている曲たちって、当時のオリコンチャートに出てくるプロの人が作った曲とは違っていて。
粗削りだけど光るものがあると言うか、グッと心を掴まれるところがありました。

これだったら自分にも作れるかも?って思わせてくれて。洗練されていない何かが、自分の入り込む余地を作ってくれるんじゃないか…初心者が歓迎される雰囲気があると思いました」

2007年にサービスが開始されたニコニコ動画、スタート当時は何をやってもいい遊び場のような雰囲気に満ちていたといいます。
当時小学高学年だった瀬名さんが、心に残った"初めての音"はmothy(モッチー)さんの作品「悪ノ召使」。
物語に感動しただけでなく、当時多くつくられた二次創作も片っ端から観ていたんだとか。
 

リスナーから作り手へ

動画のビューアーからどのように作り手に移っていったのでしょうか。人によってイラストだったり、曲を歌ってみたり、入り口は様々です。

清水「瀬名さんは、ボーカロイドイドに何から関わっていきましたか?」
瀬名「歌には自信がなかったので、作る側かなと。耳コピ(聞いて記憶すること)で着メロを作っていたこともあったので、その延長でボーカロイドのオリジナル曲を作り始めました」

意外にも楽器を習ったり、バンドを組んだりした経験はあまりなかったという瀬名さん。

DTM(デスクトップ・ミュージック)に触れるようになり、少しずつ楽器などをマスターしていったそうです。
曲作りはパソコンではなくミニキーボードを使っており独学だったとのこと。

「初音ミク」で曲を作り、投稿を始めたのは高校1年生の頃。と言うことは、まだ10年も経っていないことになります。
番組では初投稿作品「星々の軌跡」を紹介しました。

瀬名航さんの原点が伺える濃密なインタビューでした。
(葉月智世)
 
RADIO MIKU
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2021年04月11日18時07分~抜粋

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