CBCラジオ #プラス!

野球界に影響を与えたふたりの訃報

野球界に影響を与えた人物の訃報が続いています。アメリカではトミー・ジョンさん、日本では渡辺元智さん。

8月18日『CBCラジオ #プラス!』では、CBC西村俊仁アナウンサーと石坂美咲、アディーレ法律事務所の正木裕美弁護士が、この訃報を話題にしました。

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甲子園の名監督

夏の甲子園の期間中に横浜高校の名監督だった渡辺元智監督が亡くなりました。
1998年、松坂大輔投手で春夏連覇をした監督として有名です。

中日ドラゴンズの涌井秀章投手、横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智選手、福岡ソフトバンクホークスの近藤健介選手など多くの教え子を残しています。

甲子園に春夏通算27回出場。勝利数51勝。春2回、夏3回の5回の優勝を果たしています。

西村「3年に1回メンバーが入れ替わる高校野球で、ひとつの組織をずっと強くさせ続けるのはすごいことだと思いますよね」

正木「名匠ですよね。強い選手を輩出した素晴らしい指導者だったと思います」

高校生を育てる

西村「渡辺監督は、高校生をどう育てるか?を時代に即して変えていったようです」

監督になってすぐの頃は根性。電気が消えてもノックを打つというような練習をしていたそうです。
そこから少しずつ親、こどもとの関わり方を変えていったんだとか。また最初の根性論から逆に振りすぎるとしっかり軌道修正。

こんなこともあったと西村は毎日新聞の記事を紹介しました。

親が選手起用に口出しをしたり、1年生の親が試合開始5時間前から球場の席取りをするなど、変なルールを勝手に作ったことがあるそうです。

この時は、親の行動は目に余ると横浜高校の父母会を解散させているんだとか。

正木「トップを走る方がそういうメッセージを発してくれることは日本中の制度を変えることにもなりますよね」

西村「野球のみならず他のスポーツ、こどもと関わる教育者にも影響を与えたと思います」

手術の通称になる

大リーグドジャーズなどで活躍した、肘の靭帯再建手術の通称の由来となったトミー・ジョンさんが15日亡くなりました。

トミー・ジョンさんは大リーグ・ドジャーズなどで288勝を挙げた左ピッチャー。

肘の腱の靭帯再建手術を通称「トミー・ジョン手術」と言います。
1974年、トミー・ジョンさんが初めてこの再建手術を受けて成功したことから呼ばれるようになりました。

執刀したのはドジャースのチームドクターだったフランク・ジョーブ博士です。

日本でも普及

トミー・ジョン手術は、昔はすごく難しい手術でした。
成功率も非常に低い上に、一度手術をすると1年から1年半は稼働できなかったので、なかなか手術に踏み切れないことも多かったんだとか。

現在ではトミー・ジョン手術を受けての競技復帰率は80~90%以上。選手寿命が延びるので、最近は非常に多く使われている手術だそうです。

日本で最初にトミー・ジョン手術を受けたのは、1979年にロッテの三井雅晴さん。
1982年には同じロッテのマサカリ投法で知られる村田兆治さん。その後は桑田真澄さん、松坂大輔さん、 ダルビッシュ有選手、大谷翔平選手など受ける人が広がってきました。

ドラゴンズの中にもトミー・ジョン手術をした人はいます。吉見一起さんもそのひとり。

西村は吉見さんから聞いた話を紹介しました。

西村「やらないで選手生命を絶たれるよりは、まだ続きがあるかもしれないという希望という意味でこの手術は大きかったと話していました」

私だけじゃなかった

トミー・ジョン手術の症例が少ない昭和の時代は、誰かがトミー・ジョン手術を受けるとなるとスポーツニュースを沸かせていました。

トミー・ジョンさんの名前とジョーブ博士の名前がセットで報道されていたものです。

昭和から平成、令和になりトミー・ジョン手術はすっかり一般的な手術にまでなったようです。そんなことがわかる会話が西村の家庭でされていたそうです。

西村「トミー・ジョンって野球選手の名前だったんだ、と我が家で話していました」

石坂「私の家でもその会話になりました。トミー・ジョンさんというお医者様がいると思ってました」

正木「私も同じことを思ってたんですけど、私だけが知らないんじゃなくてホッとしました」

西村「リスナーの中にも幾分かそういう方がいらっしゃると思います。トミー・ジョンさん。渡辺監督、お悔やみ申し上げます」

野球界に影響を与えた日米の野球人の訃報に触れました。 
(尾関)
 
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2026年08月18日07時22分~抜粋

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