石塚元章 ニュースマン!!

ユーミンの新曲「1920」に思う東京オリンピック

12月5日放送の『石塚元章 ニュースマン!!』「スポーツニュースマン」のコーナーでは、シンガーソングライターの松任谷由実さんを取り上げました。

12月1日にニューアルバム『深海の街』をリリースした松任谷さん。
石塚元章が話題にあげたのは、松任谷さんが100年前のことを思い書いたというバラード「1920」について。

スポーツとユーミン、一体どんな関係があるというのでしょうか。

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スペインかぜが大流行した「1920」

その名の通り、「1920」は1920年をテーマにした楽曲。

お母様が今年の5月に100歳を迎えた松任谷さん。

ふと100年前について調べてみると、ベルギーで開催された「アントワープオリンピック」に行き着いたといいます。

1918年、第一次世界大戦の最中に「スペインかぜ」が世界中で流行し、多くの死者が出ました。

新型コロナウイルスが蔓延している、2020年の今の状況と酷似しています。

そのスペインかぜにようやく収束の兆しが現れた頃、このアントワープオリンピックが開催されたのです。
 

「これが世界の祭典か?信じられない」

1918年から1999年にかけて猛威をふるったこのスペインかぜでは、世界中で5,000万人以上が命を落としたといわれています。

アントワープオリンピックは、そんな困難な状況下において開催されました。

「ヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカ、アジア、オセアニアの五大陸の結合と連帯」を表わす5色の円が連なるオリンピック旗は、世界中の一致団結を願いこの大会で初めて掲げられました。

この他、開会式の選手宣誓、鳩を飛ばす演出も、このアントワープが最初です。

しかし、戦争で荒廃し感染症が猛威をふるった直後のオリンピックは非常に大変な状況でした。

プールの整備ができず、水泳の競技は運河で開催。観客もまばら。

日本人選手の中には「えっ?これが世界の祭典か?信じられない」と言って帰国した方もいたといいます。
 

アントワープから100年後の東京

松任谷さんは、当時のアントワープの状況とコロナ禍の現在との共通項を見つけ、そこからイメージを広げて「1920」を制作したそうです。

「成功した」部分もあるものの、やはり「問題だった部分もあった」というアントワープオリンピック。

そこから100年。

「コロナに打ち勝ったオリンピックをやろうよ!」という人は、「アントワープができたんだから」とこの100年前のオリンピックを語ります。

「それができれば一番いいと思います!」という石塚に、「追加予算もずいぶんな額になっていますし…」と不安げな渡辺美香アナウンサー。

100年前と比べると、人の動きやスポンサー、放送のあり方やお金のかけ方、世界中からの観客など状況が全く異なります。

必ずしも、100年前のアントワープオリンピックと東京オリンピックはイコールにはならないのです。

「いろいろな意味で、100年前のアントワープオリンピックは良くも悪くも参考になる」と、まとめた石塚でした。
(minto)
 
石塚元章 ニュースマン!!
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2020年12月05日07時27分~抜粋

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