2017年8月2日(水)

下へ向けるのになぜ「線香花火」?花火のトリビアいろいろ。

多田しげおの気分爽快!! / ライフ・ヘルスケア

各地で花火大会がたくさん開かれています。
ちなみに8月1日は「花火の日」。
1948年のこの日、戦争中禁止されていた花火が解禁されたことが「花火の日」の理由だそうです。

そこで、CBC論説室の石塚元章解説委員のコラムのテーマは「花火」。花火に関する知識をいろいろ調べてみました。
聞き手は、パーソナリティの多田しげおです。

花火のはじまり

打ち上げ花火は日本が一番すごいと言われますが、花火の発祥の地は意外にもヨーロッパ。
火薬は中国が発祥です。秦の始皇帝が万里の頂上で狼煙(のろし)を使っています。
それがシルクロードを通じてヨーロッパに渡ったのです。

14世紀頃、キリスト教のイベントで山車のようなものに、今で言うところの「仕掛け花火」をつけて賑やかしにしました。これが花火の起源だそうです。

家康も見た?打ち上げ花火

打ち上げ花火もヨーロッパ発祥と言われており、日本に渡ってきたのは江戸時代と、ずいぶん後の話です。
これには「イギリス商人が持ってきて、徳川家康が最初に花火を見た」など諸説あります。

やがて日本でも打ち上げ花火が盛んになりますが、ただ江戸の町は木造家屋ですから、打ち上げ花火がきっかけで火事になることもありました。

そこで江戸幕府は禁止令を出しました。大川、現在の隅田川だけは許可が下りたんです。
だから江戸っ子にとって、隅田川の花火は特別なものなんですね。

隅田川の花火が人気沸騰になるきっかけがあります。

1732年の享保の大飢饉、伝染病もあってたくさんの人が亡くなりました。
八代将軍の吉宗がその供養として、川開きの日に隅田川で大きな花火をしました。これが今の日本の「夏に、河原で花火」というイベントにつながっていると思います。

ライバル対決「鍵屋」vs「玉屋」

花火大会では「たまや~、かぎや~」という掛け声が飛びますが、この由来についても話しましょう。

これは花火師の屋号、「鍵屋」と「玉屋」から来ています。
こどもの時から花火を作るのが上手だった少年が、関西から江戸に出てきて、「鍵屋」という暖簾をあげました。そこで働いていた職人さんのひとりが独立してできたのが「玉屋」なのです。

2大花火メーカーだった時期は短いです。
実は「玉屋」は一代限りでした。「玉屋」は火事を出してしまい、江戸のかなりの町が焼けました。それで責任をとって江戸から追放されたからです。

一方の「鍵屋」は特に明治時代、12代目が同心円できれいな円を描く打ち上げ花火を開発しました。

ただ、一代限りだった「玉屋」の方が人気があって、当時の狂歌にも歌われました。

橋の上 玉屋玉屋の声ばかり
なぜに鍵屋と いわぬ情なし

「情」と「錠」をかけていて、粋ですね。

「線香花火」の名の由来

花火と言えば、線香花火も忘れてはいけません。
実はこれも、最初に開発したのは「鍵屋」と言われています。
初代の「鍵屋」が、わらや葦の空洞の先に花火を詰めてパチパチ鳴る製品を開発し、人気になりました。

今は線香花火を下へ向けますが、当時は香炉に立てて一番先頭に灯をつけました。
これがどう見ても線香に見えるので「線香花火」と言われたそうです。

鎮魂で始まったのに今やトラブルの元

多田は「私が子どもの頃は、まだわらの線香花火がありました。紙になって風情がないなと思いましたが、最近わらのものが復活しはじめたそう」と、懐かしんで語ります。

石塚は「近年、社会状況の変化で、音や煙や人がうるさいと、トラブルになることが多い。そこで、煙が少ないもの、音があまり大きくないものを開発しているそうです。これも時代でしょうか」と少し残念そうです。

花火に鎮魂の意味があると知ると、ちょっと切ない気持ちになりますね。
(みず)

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