この道に進んだきっかけは顔?国本はる乃が語る浪曲の魅力

つボイノリオの聞けば聞くほど / エンタメ

若手浪曲師の国本はる乃さん(22歳)が、4月10日の『つボイノリオの聞けば聞くほど』に電話で出演しました。

はる乃さんは、NHKEテレの人気番組『にほんごであそぼ』で人気となり、2015年に55歳の若さで亡くなった国本武春さんの同門です。若手とは言えど、芸歴10年を超えるベテランなのです。

若い人に広めたい

国本はる乃さんは茨木県稲敷市生まれの22歳。最年少の浪曲師です。
つボイノリオの世代は浪曲に接することはありましたが、はる乃さんの年齢で浪曲師になるというのは珍しいです。

「私の同じ世代の人たちは、浪曲を知らない方が結構たくさんいるので、若い人たちに、どのようにしたら浪曲が広がるかと考えながら、浪曲を一生懸命精進している最中です」と言うはる乃さん。

「伝統的なものでも何でも若い人たちが支えていくんです。超高齢社会で若い人が少ない。今まであったものが伝えられなくなっていく中で、はる乃さんのような方が浪曲というジャンルで、ガッと頑張って頂けるのは凄く心強いんです」とつボイ。

三味線って顔だな

最年少でありながら芸歴10年。
はる乃さんは小学4年生の時、父親が友人に会いに行った時に、一緒について行ったのが浪曲と出会うきっかけになりました。

「父の友人の方から、『お前、習い事は何やってんだよ』って、こう聞かれたんですよ。で、『ピアノを習ってます』って答えたんですね、そしたら『いや、お前はピアノって顔じゃあないな。おまえは三味線って顔だな』ってところから入りまして」

師匠のところにお三味線を習いに行ったはる乃さんですが、浪曲の三味線は太竿なので9歳の小さな手では、竿が掴めませんでした。

はる乃「じゃあ、お歌から始めようか、と、そのお歌が浪曲だったというオチでございます」
つボイ「浪曲に感動して入ってったわけじゃなく、『お前の顔は三味線顔だ』から入った」
はる乃「本当に失礼ですよね」
つボイ「その失礼な人も、一つの大きなきっかけになる功績を作った人です」
はる乃「いま思えば、ありがたいなぁというふうに思ってます」

そもそも浪曲とは

「古典芸能というのは、落語、講談、浪曲とあるんですけれども、浪曲というのは、浪曲を唸る浪曲師と、三味線を弾く曲師の二人でやるというスタイルで一つの物語を演じます」と説明するはる乃さん。

落語は座布団一枚で座りながら演じますが、浪曲はテーブルの前に立って物語を演じます。歌の部分の「節」と、登場人物のセリフの「啖呵」を三味線の伴奏に合わせて演じるのが浪曲のスタイルです。

この「節」は各門によって違いがあるそうです。

「私は国本でございますから、国本の師匠の独特な節を学んでいきたいなという途中でございます」

はる乃さんの師匠は国本晴美。芸歴70年を迎えるベテランです。晴美さんの息子さんが、2015年55歳で亡くなった浪曲師の国本武春さん。

武春さんは前述の『にほんごであそぼ』以外にもアニメのテーマ曲、ロックとのコラボや海外での演奏など、21世紀における浪曲の復権に尽力されていました。

つボイ「武春さんは凄い人だったですね」
はる乃「もう素晴らしいですね。本当に、もう感動しちゃいます」
つボイ「節回し、声の伸び、それからセリフに入った時のすっと変わる雰囲気」
はる乃「全部、引き込まれてしまいますね」

はる乃さんの得意なジャンルは?

小高「レパートリーでいくと、この浪曲っていうのは定番の物語とか、そういうのが何種類もあるんですか?」

はる乃「大きく分けると、泣く浪花節と笑う浪花節っていうのがあるんですけれども、浪曲の演目だと親孝行の物語とか、あと任侠ものとか、兄弟愛の物語とか、いろいろな場面によって演目が出てきてますね」

小高「はる乃さんの得意なジャンルはあるんですか?」

はる乃「私の師匠の得意なのが、任侠ものの演目なので、私もそれを少しずつ勉強していきたいと思ってます」

浪曲師とアナウンサーの共通点はお腹

浪曲には楽譜や台本はあるんでしょうか?

「台本は13ページぐらいありまして、啖呵と節が分かれていて、節には音符が一切書いてないんですよ。セリフの言葉だけなので、自分自身が節付けをしていきます。ジャズではないですけれども、その場のアドリブでやっていくという形です」

師匠の節を聞いて受け継いで、そこに自分の個性をプラスしてやっていくそうです。具体的にはどんな風に習うんでしょうか。

はる乃「私が、師匠のところに習いに行った時は、まず声の出し方から学びましたね。浪曲というのは30分間の物語を歌ったり語ったりするので、喉から声を出していると、喉がすぐやられてしまうので、お腹から声出しなさいよって言って、ぐーっとお腹を押された経験があります」

小高「お腹から声出すって言うのはアナウンサーでもありますよ」

はる乃「浪曲も腹式呼吸でやりますので、お腹を意識しないと、喉を痛めないように、それをまず最初に教わりました」

浪曲が嫌いだった小学生時代

「私は実はですね、浪曲は大っ嫌いだったんですよ」と告白するはる乃さん。

「好きで入ったわけじゃなくて、浪曲って台本もらっても、難しい言葉がいっぱいだし、漢字も読めないし、意味もわからないし、小学生にとってはよくわからない。
月曜日から金曜日まで学校に通って、土日のどちらかで両親の車に乗せられて、師匠のお宅に行くんですけど、いやいやながら行ってましたね。辞めたくて辞めたくてしょうがなかったです」

お父さんがセミプロで落語をやっていて、お風呂の中で寿限無などを聞かされ、浪曲に入るのに抵抗はなかったそうですが、実際にやってみると、いやだったそうです。しかし、続けているということは、転換期があったわけです。

両親の応援でプロの道へ

「舞台を踏んでいくと、お客様から拍手をいただいたり、花束をいただいたりなんかすると、やっぱり嬉しいものなんですね」

転換期は将来を考え出す高校三年生の時でした。

「9歳の頃からずっと続けてきた浪曲をパッタリ辞めるのは、もったいないから、今は一生懸命、浪曲を頑張りなさいよと両親に背中を押されました」

浅草の木馬亭に入門してプロの道へ進んだはる乃さん、実は名古屋での公演は、25日のつボイとのイベントが初めてだそうです。

つボイ「後々、名古屋で初めてやった時の浪曲を見ましたよと、そんな語り草になるためにも、ぜひ、みなさんに聞いていただきたいですよね。
一声だけ、ちょっと最後にお願いできますか?」

はる乃「自分の自己紹介の浪曲を。ここに出ました~~~~…」

この唸りは文字では伝えられません。生で体験したい方は、25日のイベント「聞けば聞くほど25周年企画 つボイノリオ×おめこ住職×はる乃3人会」でぜひ。
(尾関)
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2018年04月10日11時08分~抜粋

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