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村上春樹『騎士団長殺し』発売から1か月

毎年ノーベル賞候補となり、新作が発売されるとファンが真夜中に行列を作る事で有名な作家の村上春樹。彼の新作『騎士団長殺し』が発売されて1カ月が経ちました。
話題のこの作品がどんな本なのか、読んだ人に紹介してもらいましょう。
本と言えばこの方、映画監督で評論家の高野史枝さんです。

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『騎士団長殺し』はどんな本?


「村上さんの新作長編はまるでイベントですね、出版社も必死です。純文学がこんなに話題になる国ってなかなかいいですよね、予約してその日に読みました。読み始めると最後まで読んじゃうんですよ」
と高野さん。

この本の謎めいたサブタイトルは「第1部顕(あらわ)れるイデア」と「第2部遷(うつ)ろうメタファー」。
小高直子アナウンサーが「イデア」と「メタファー」という言葉の意味を尋ねます。
高野さんによると、イデアとは隠されていた真実の事で、それが歴史の中から現れてくるという意味。メタファーは暗喩、におわすという事で、それが例えられないものに姿を変えていくという意味です。
「この本は春樹節全開で読みやすくておもしろい!中身は相変わらずとても複雑ですが、村上作品の中では飛びぬけて読みやすく、わかりやすい本です!」
と高野さんは声高に語ります。

『騎士団長殺し』はこんな本。


高野さんによる『騎士団長殺し』のストーリー解説です。

36歳の画家が主人公。抽象画家だった彼は結婚を機に安定した収入を求めて肖像画を描くようになりました。結婚6年目のある日、妻から「あなたとはもう暮らせない」と言われてしまい、ショックを受けた彼は車で東北地方放浪の旅へ。その後同級生のはからいにより、有名な日本画家である雨田具彦の小田原のアトリエに住むようになります。この本はそこでのわずか7・8カ月に体験した数奇な運命のお話です。

主人公に名前はなく「私」で話は進みます。そのアトリエの屋根裏で主人公が「騎士団長殺し」という、飛鳥時代の若者が騎士団長を刺殺している絵を発見します。それは、現在90歳を過ぎて認知症となってしまった雨田具彦の未発表の絵でした。彼のかつての恋人はナチ幹部に拷問されて死に、さらに音楽家であった彼の弟は南京で捕虜を刀で殺すように強制されてその後自殺しました。この絵は、この2つの悲しい歴史を背景に書かれたものなのです。

一方、主人公は大豪邸に住む53歳の免色渉から肖像画を描いてほしいと依頼されます。その後、絵の中から騎士団長が飛び出してくるなどの奇怪な事件に巻き込まれ、不思議な世界を巡ることになってしまうというゲーム的な内容です。

妻から再度連絡があり、他の男の子どもを妊娠しているが、よりを戻してもいいと言われます。その後また妻と暮らすようになり、子どもも生まれます。あの7・8カ月の事を思い出しながら静かな生活に戻るという話です。

全部春樹!


今回の『騎士団長殺し』には、今までの村上作品のエッセンスが詰め込まれています。

「夫婦のきずなが断ち切られるあたりは『ねじまき鳥クロニクル』に、絵が発端になった物語としては『羊をめぐる冒険』・『海辺のカフカ』に、地底の穴が異世界になっているのは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる話と同じ。さらに不気味な宗教団体や生き霊、妻の妊娠が自分の夢の中の相手であるというのは『1Q84』と同じです。免色という名前も『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を連想させます。
さらに主人公がボーっとしているわりにモテて、セフレが多いという設定。しっかりした美人で変わり者の奥さん、妹的な人物がカギを握っているあたりも同じなど、あまりにも今までの村上作品に内容が似ているのです」
 

なぜ総集編のような内容なのか?


高野さんの考察が続きます。

「村上春樹は社会の矛盾を書かない。今までは、この事が彼がノーベル文学賞を受賞できない原因とされてきました。今回はしっかりとナチスや南京の話を入れて歴史や現実を描いています。英訳されたのちに、村上ワールドにノーベル文学賞を与えるべきかどうかという最終選択がでるのではないでしょうか。
つまり、この本はノーベル文学賞騒ぎにうんざりしている村上春樹がその賞を獲るために書いた、自分の総集編、ベストアルバムです。村上春樹による村上春樹入門書です。村上春樹の世界がノーベル文学賞に値するかどうか決めてくれという彼の挑発なのではないでしょうか、あくまでも私の解釈としてはですよ。おもしろいのでぜひお読みください」

とまとめる高野さんでした。
(minto)
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2017年03月28日11時09分~抜粋

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