多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N

素朴な疑問。柔道の「道」ってなんのこと?

5月18日の『多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N』の「江田亮のスポーツの小枝」は、スポーツにまつわるひと口知識を紹介しています。

今日のテーマは「道(どう)」。柔道、剣道、弓道などの「道」。スポーツの中でも日本では「○○道」という言い方がありますが、これらの「道」が何を指すのかについて迫ります。

多田しげおがCBCスポーツアナウンサーの江田亮に聞きます。

[この番組の画像一覧を見る]

“道”は人間形成

そもそも道(どう)とは何をさすのでしょうか。

江田「まず言葉自体が道徳的な規範をしめすような中国哲学上の用語で、それが日本に入ってきたものです。
日本でいうと、伝統的な武士の道、武道の意味あいが強いかなと思います」

多田「武士道の“道”ですね」

江田「武士道は、生きるか死ぬかですね。勝った負けたでないです。だから自分の精神性を高めていく。
生き残るために、対相手でもあるし、自分の中での人間性も高めていかなくてはいけない。
いろんな人間を形成していく道を“道”と捉えてきました」

なるほど、昔は柔術、剣術でしたが、それが柔道、剣道になっていったわけです。
 

嘉納治五郎

多田「柔道にした人は知っています、嘉納治五郎ですね」

柔道のみならず、日本のオリンピック参加に大きな貢献を果たしたのが嘉納治五郎。
一昨年の大河ドラマ『いだてん』で役所広司さんが演じて話題になりました。

江田「もともと柔術であったものに、道という意味合いを加えました。
単に戦う技術をつけるだけでなくて、それを通して人間の生きる道を示して、立派な人間に育てることができる柔道という考え方になったわけです」

これにならって、剣道、弓道も“道”という言葉がついて、人間形成という意味合いを込めたものに変わっていきました。

多田「道のつくものは人間形成を目的としているものですね」
 

スポーツは遊び?

ところで日本の「道」に対して、英語の「スポーツ」にはどんな意味があるのでしょうか。

江田「スポーツの語源はラテン語の『deportare』(デポルターレ)というところからきています。この意味は本来仕事からはなれる、余暇を楽しむという娯楽的なものです」

多田「“道”は人間形成、“スポーツ”は余暇を楽しむ。全然違いますね」

江田「身体を動かすというところは似ていますが、目的がまったく違うものだとわかります」
 

道とスポーツの違い

多田「柔道は今や国際スポーツとなって世界中で多くの人がやっています。人間形成のためのものと、楽しくやろうというものと、同じ競技会場でやるわけですね。そこではいろいろな矛盾が出てくるんでしょうね」

江田「柔道が国際的に普及した中で、ルールが決まるわけです。
日本は人間形成なので、勝ち方もただ勝てばいいではなくて、一本にこだわるとか、その勝ち方に精神性があります」

多田「ヨーロッパではスポーツなんだから勝てばいいでしょう、勝つことが楽しいんでしょう、という考え方ですね」

同じ畳の上でスポーツと“道”が混じって戦えば、当然矛盾が生じます。
日本人は“道”の意識が強いですから、受け入れがたいルールとか、戦い方が発生してしまっているという難しい問題があります。
 

王道、邪道はない

道とスポーツの溝はどうしたら埋められるのでしょう。

江田「いま言った“道”もひとつの考え方で、(スポーツに対し)違う“道”という意識を持っている方もいます。それも間違いではない。王道、邪道はないと思うので、非常に難しい」

多田「日本人は柔道を見る時は、そういう二つの考え方があって、それを一緒にしてやっているんだという意識をもってないと、イライラするだけですよね」

江田「理解をして見ると、そういうイライラもなくなると思います。自分がどっちに立って見るかを決めるだけでまったく見え方が違ってくるのではと思います」

オリンピックのような国際大会で柔道などを見る時、別の見方があることを受け入れて、その上で見ることが必要なようです。
(みず)
 
多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N
この記事をで聴く

2021年05月18日07時43分~抜粋

関連記事

あなたにオススメ

番組最新情報