多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N

オリンピックで注目!競泳水着はこんなに進化した。

先日、池江璃花子選手が白血病から復活し、再び水泳に注目が集まっています。

4月20日放送の『多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N』「江田亮のスポーツの小枝」では競泳の水着を取り上げました。
水泳という競技は、もちろん人間のスキルは大事ですが、道具である競泳水着も記録と切っても切れないものです。

江田亮アナウンサーが競泳水着の役割や進化を語ります。

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80秒が54秒に短縮

競泳水着の進化の目的は速く泳ぐことです。
まず、競泳の記録はどれくらい早くなっているのでしょうか。

江田「記録が残っている1912年から女子100m自由形で見ると、1912年は1分20秒でした。現在は54秒台。30秒近く縮んでいます」

多田「マラソンで30秒短縮したのと、レベルが違いますからね。すごいですね。もちろんアスリートそのものの鍛錬もありますが、そこには大きく水着の進化も影響している」
 

水着に歴史あり

江田「そもそも水着の目的は速く泳ぐためではなかったです。身体を隠すためのものでした。

ですから、1934年のベルリンオリンピックでは、水着の素材がシルクです。抵抗も大きかったし、たぶん着心地も水の中ではよくなかった。

そこから素材が変わっていって、1956年のメルボルンオリンピックではナイロン100%。
1976年モントリオールオリンピックから、ポリウレタンという撥水性の非常に高い合成繊維が使われ始めました。

1988年に、ようやく素材も水泳のための素材が作られるようになりました。それまでは、選手の感覚で作っていました。そういうものからもっと科学的に見てみようとなったのがこの時代です」

水着の素材だけでも大きく進化したことがわかります。
 

レーザーレーサー登場

そして、素材と形が一気に進化したのが1990年前後です。

江田「昔は極端な話、裸の方が抵抗もなかった。しかし、素材が変わっていく中で人間の皮膚よりサメの皮膚を参考にしたらどうだ、という時代が来ました。2000年代、ハイテク水着時代です。

サメはあんなに身体が大きいのに速く泳げるんだということで調べ、これを水着に使ったらとなりました。そこから皮膚をできるだけ覆って、皮膚より水着で泳いでみようよという時代がきました。

2008年の北京オリンピックで注目されたのがレーザーレーサー。これも全身、手首から足首までをすべて覆います。素材プラス形で、研究が進んだものです。

そもそも人間の形悪くないか。イルカとか流線形できれいな形をしています。これがいい。では、人間をその形にはめこんでしまおうという結論になりました」

多田「レーザーレーサーは伸縮性がない。きちきち水着の中に身体を押し込んでいましたね」

江田「ですから着るのに2時間かかった。脱ぐときはハサミで切らないといけないくらいでした」

多田「そんな水着で泳ぎにくくなかったんですか」

江田「作るときに3Dスキャンして作ってあるので、その人しか合わないですが、その代わりいい体の形に矯正して泳ぐととてつもない記録がでました」

もはやなつかしい気がしますが、この水着は高速水着と呼ばれ、北京五輪の金メダリストの94%超が着用し、世界記録を次々と塗り替えました。
 

水着のルール

今はこの水着はありません。ということはルールが変わったのです。

江田「道具先行になってしまうのと、高いので経済的理由で国々で有利不利があってはいけないということで、2010年にルールが変わりました」

それが今の水着に関するルールです。

江田「上半身は裸、男性はへそ下から膝まで水着。
女性はもっと上までですが、手首まで隠すのはダメで、肩から先は出して、膝から下も出すとなりました。

身体を矯正できるような水着にならないために、重ね着は禁止。さらに厚さをある程度の薄さにして、浮力をつけない。いま厚みは0.8mmです」

多田「それでも世界記録がたびたび出ますよね」

江田「人間はすごいもので、スキルを上げるとか、トレーニング方法を変えるとかで、そういった水着を使わなくても世界記録を塗り替えるということが今まだ続いています」

多田「それはアスリートが立派ということですよね。そこを応援したいですね」

オリンピックの水泳の水着だけとってもこれほどの歴史があり、進化し続けているのですね。
(みず)
 
多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N
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2021年04月20日07時38分~抜粋

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