小堀勝啓の新栄トークジャンボリー

自身の体験を映画化 『名も無い日』日比遊一監督

名古屋市出身の写真家・映画監督の日比遊一さんが、10月25日放送の『小堀勝啓の新栄トークジャンボリー』に出演しました。

永瀬正敏、オダギリジョー、金子ノブアキという実力派俳優が兄弟役で出演する新作映画『名も無い日』(来年公開予定)について、小堀勝啓が尋ねます。

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監督の実話がベース

この作品は、日比監督が生まれ育った名古屋市熱田区を中心にロケが行われました。

俳優陣は中心となる三兄弟に、永瀬正敏さん、オダギリジョーさん、金子ノブアキさん。さらに真木よう子さんに今井美樹さんが出演しています。

ストーリーは、次男のオダギリジョーさんが亡くなり、ニューヨークでカメラマンとして活躍している長男、永瀬正敏さんが帰ってくるところから物語が始まります。

実はこの内容、三人兄弟の長男である日比監督自身の体験がベースに作られたのです。
 

時間を取り戻したい

ニューヨークで初の長編映画『ブルー・バタフライ』を撮っている時に、弟の訃報に接したという日比監督。

日比「真っ先に帰りまして。それでまあ、弟の死を通じて自分がいかにわがままに生きてきたかっていうことをね、罪と罰じゃないですけど、自分なりに日記帳にしまして」

日比監督が初めて日本で獲ったのは、俳優・高倉健さんの人生を描いたドキュメンタリー映画『健さん』。この作品がきっかけで30年ぶりに帰国したそうです。

日比「その弟の死と自分が30年、生まれ故郷にいなかったっていうことの埋め合わせじゃないですけど、時間を取り戻したいっていう気持ちが湧いてきて、なんかこれをやっぱり映画にしたいなっていう思いが高まってきたんですよね」
 

キャスティング

日比「軸になる長男を誰が演じるかっていうのが、まず一番自分の中では大切だったんですけど、永瀬さんっていうのは昔から見ていて、いつかお仕事できたらなという思いはあったんです」

映画を撮る前は写真家として活躍してきた日比監督。

永瀬正敏さんも俳優であり写真家です。
あるドキュメンタリーで、永瀬さんが写真を撮ってる姿を見て「この人しかいない」と思った日比監督、こんな映画を撮りたいという情熱だけで会ってもらったんだとか。

また本作では名古屋弁が多用されているのが特徴です。

小堀「僕はこんなに名古屋弁が落ち着いて静かに、きれいに聴けた映画はないです。わざとくさい方言指導とかあるじゃないですか。『そんなことないがや』とか言うと痒い感じがする。あれがすごく嫌で」

日比「そこは僕も気を付けましたね」

小堀「あとオダギリジョーさんの優しくて温かくて繊細な人柄。あの人が持ってる名古屋弁とかすごくいいですよね」
 

名古屋弁が心地いい

永瀬さん、オダギリさん、金子さんの3兄弟での回想が多数登場します。
中でも小堀が気に入ったのは買い物をするシーン。
箸と箸置きのセットをオダギリさんが買う時に、なぜか家族の人数分買うんだそうです。

小堀「たぶんコアなファンの人も見たことがないオダギリジョーがいて、3人の演技で、僕の中で全部のパズルがカシャッとはまりかかっていったみたいで…そのシーンだけで泣きそうになりましたね」

日比「僕よりもうまく説明してくれるんで、今度から使いたいくらいです(笑)」

小堀「使ってください(笑)」

日比監督によれば、編集の段階で、そのシーンをどこに入れようか迷ったのだとか。

日々「10通りぐらいの編集を考え、いろいろ試行錯誤したんですけど、最初に思ったところがいいという形で、結局あそこに戻ったんです」
 

ご当地映画ではない

小堀「本当に言葉数も少なくて、ものすごく静かな映画で。だけど映像と俳優さんたちの佇まいで、あんなに物が伝わるんだなと思いましたよね」

日比「本音で言ってくれてると思って、それ受け取りますよ(笑)」

名古屋が舞台になるため、郷土愛の強いご当地映画と見られがちですが、目指したのはそこではないという日比監督。
舞台が名古屋というだけで、映画としては世界中、どこの文化の人にも家族のこととして伝わっていく内容です。

日々「そこはすごく気をつけました」

とはいえ地元の人が見れば、やはり嬉しくなるのは当然。

日比「名古屋の人はみんなわかると思うんですよね。ここで今井美樹と永瀬正敏が、とかね。オダギリジョーが、金子ノブアキがとか。そういうことを感じてもらえる映画だとは思ってます」
 

未来チケット

本来なら9月封切を目指して制作されたこの作品ですが、コロナ禍により公開が延期され、来年春を目指しているとか。

そこで生まれたのが「未来チケット」という映画界サポートシステム。
通常の前売り料金1,500円から値段設定があり、価格によっては監督とロケ地巡りができるという特典もあります。

日比「名古屋人でも、こんなところがあるんだっていうところがポツンポツンとあるんです。そういうところの聖地回りもしますんで、ぜひともこの未来チケットを購入していただいて、私と一緒にロケ地ツアーをしましょう」
 

俳優からの転身

日比監督が渡米した目的はカメラマンになることだと思っていた小堀。

小堀「しゃべりを聞いてても、やたら声も響くし、佇まいもカッコいいと思ったら、もともと俳優志望だったんですね」

日比「僕の才能は、自分に才能がないってことに気づいて俳優を辞めたことです。だから人の才能を見つけることの方が、一つの楽しみになったっていうか、でも写真に教えてもらったことが多いんですね」

俳優当時は、何であんな時に緊張したんだろう?と思ったりしたそうですが、撮る側になってやっとわかったこともあるんだとか。

いろんな有名な写真家に撮ってもらったという日比監督。ファッション誌で著名だったリチャード・アヴェドンにもそのひとり。それは緊張して当然な気もしますが。

日比「そういうものが、今の映画監督っていうポジションになった時に役立ってると思います」
 

タイトルの由来

最後に『名も無い日』というタイトルの由来について尋ねる小堀。

日々「ストーリーとか関わってくるんですけども、命日を持たないで死んでいった人がいっぱいいると思うんですよ。戦争で亡くなった人しかり。病気で孤独死した人しかり。自分の弟がその一つの象徴であると思います」

『名も無い日』…人それぞれにとって名前は付けられないけれど大切な日。コロナ禍の中でそんな日が生まれた方も多いでしょう。

小堀「だから世の中は悲惨だなとか、人生は悲惨だなとか、この映画では僕は思わなかったです。むしろ生きていることは、本当に大切なことだなと思いましたね」

日比「いま自分が、なぜ生かされているか?自分という存在を改めて考えてもらえればいいかなと思うんです」
(尾関)
 
小堀勝啓の新栄トークジャンボリー
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2020年10月25日08時29分~抜粋

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