昔も今も変わらぬキー。名古屋が生んだ世界の歌姫、八神純子

小堀勝啓の新栄トークジャンボリー / エンタメ

現在ロサンゼルス在住のシンガーソングライター八神純子さんが、7月28日放送の『小堀勝啓の新栄トークジャンボリー』に出演しました。
デビューから40年来キーが変わらない八神さんの歌声。なぜ変わらないのでしょうか?聞き手は小堀勝啓です。

使える声が見つかる

まず話題になったのは、そのキーについて。

「どうしてキー変わるんですか?って逆に私は思うんですけど。キーを保つために汲々とやっているとか、そういうことはなくて、私にとってはこれが当たり前だと思っています。それよりも進化をすることの方が、私のフォーカスになっているんです」

もっと上が出るようになったり、もっと下が出るようになったり、八神さんは、まだまだ使える声が見つかるそうで…。

「だから、前とキー変わらないんですか?って言われると、それはそうに決まってるでしょう、って言いたくなっちゃいます」
 

自己流のボイストレーニング

八神さんは、イギリス人の音楽プロデューサーと結婚して渡米。アメリカ在住30年。子育ての15年間は音楽を休んでいたそうですが、その間、ボイストレーニングは?

「ボイストレーニングとか歌って誰にも教えてもらったことがないんです。高校時代に名古屋のヤマハに通ったことありますけど、みんなで歌おう、みたいなそういうクラスでした」

ボイストレーニングは自己流という八神さん。

「15年間お休みしてる時には『そろそろボイストレーニングやっとかないとまずい』って思って突然、アイロンかけしてる間にボイストレーニングやり始めたり。料理しながら始めたり。日常の中で、あ、そういえばって、突然心配になってやってたんです」
 

昔のあだ名はパンダ

「子育ても全て終わって、八神純子はもうミステリアスに、こどもがいるって言うことも隠そうと思ってます」

スタイルは若い時より、むしろ今の方がかなり良いそうです。

「若い頃は全然運動してなかったんで、デビューした頃のあだ名は『パンダ』でしたから」

ジョギングをするために一日スタッフに連れていかれたことがあるそうです。その時は、二度とこのスタッフには会いたくないと思ったんだとか。

「やはりアメリカに住むようになってからですね。この25年ちょっとかな、ずっとジョギングしてます」
 

ちょっと心配なライブ

名古屋生まれの八神さんには、大の仲良しだった漬物屋のおばあちゃんがいて、お茶を一緒に飲みに行っていたのですが…。

八神「あそこの喫茶店は若い人しか行かないからとか、だからボンボンっていう…」
小堀「洋菓子と喫茶」
八神「そこが私とおばあちゃんの行くとこ。あとはコンパル」
小堀「エビフライサンド」

ボンボンは名古屋市東区の老舗喫茶店。コンパルは名古屋市内でチェーンを展開する喫茶店。どちらも名古屋市民にはおなじみの老舗喫茶店です。
 

実は初ライブハウスツアー

現在『八神純子Live キミの街へ~Here We Go !』のツアー中の八神さん。
地元の名古屋では、8月24日にZepp名古屋で開催です。

「今回、Zeppというサイズでね、写真撮影の時間を作ったり、普段のホールコンサートではできない、そんなに時間作りにしようと思ってるんです」

実はツアーとしてライブハウスを回るのは初めてという八神さん。ホールと違って観客の息遣いがわかるほどの距離感です。

八神「その近いのがい良いですよね」
小堀「この素敵なボディーラインを近くで見てもらいたい」
八神「そ、そんな、そういうんじゃなくて」
小堀「舐めるように見て頂きたいと思います」
八神「いやだ~」
 

これからも新しい世界へ

話題は今回のツアータイトルにもなっている「Here we go キミの街へ」という楽曲に。

「デビューした頃は、こういう曲は歌えなかったんですね。シャウトがあまりできなかったんですが、いろいろな声が使えるようになったので、こういう曲も書いてみました。今、楽しくてしょうがないですね」

1974年デビュー。今年61歳。そこから、まだ、新しい世界へチャレンジしています。

「私の場合は、かなり振れ幅が広いんです。コンサートもバラエティーに飛んでいて、交響楽団とやるコンサート。それから、こういうロックのコンサート。あとは後藤次利さん率いるスーパーバンドでやるビルボードライブ。あれもまた特別な生バンドですね。そういう仕事ごとにちょっと歌い方が違うんですよ」

今回のライブハウスツアーでは、どんな歌い方を聞かせてくれるのか、期待しましょう。
(尾関)
 
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2019年07月28日10時44分~抜粋

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