シンガーソングライター、イルカがあの冬眠期間を振り返る

小堀勝啓の新栄トークジャンボリー / エンタメ

シンガーソングライターのイルカさんが、9月16日放送の『小堀勝啓の新栄トークジャンボリー』に電話で出演しました。

オリジナルアルバムを最新リマスターで蘇らせる、イルカ・アーカイブシリーズの第5弾を7月にリリースしたイルカさん。
79年と80年にリリースされたオリジナル盤は、イルカさんの人生の分岐点で発表されたものでした。

イルカ、引退?

イルカさんと小堀勝啓が話すのは、今年1月に開催された『青春のグラフィティ』以来のこと。

小堀「前回、直にお会いしたのはちょうど成人の日。「イルカさんがお孫さんのために来年の着物のデザインしてるという話がありました」

イルカ「手描きをやっと描き終えまして、今、お仕立てに出してて、ホッとしておりますよ。覚えていて下さり嬉しいです」

イルカさんのオリジナルアルバムを最新リマスターで蘇らせる、イルカ・アーカイブシリーズ第5弾が7月に発売されました。
リマスターされたのは1979年9月20日発売の『いつか冷たい雨が』と1980年3月1日発売の『明日の君へ』の2作品。

この2作品は、イルカさんが絵本を描くことをきっかけに2年間の冬眠に入り、その冬眠が明けて出されたものです。その間には長男の冬馬君を出産しています。

「考えてみればですよ、もう復活はできないだろうって多くの方に言われながらも思い切って休み、それと同時にうちの夫はイルカオフィスという事務所を作ったんです。そんな思い切ったこと、よくやったなあと思うんです」

当時、芸能人が長期休養をとることは、芸能活動の終わりを意味する時代でした。

「だから、みんなに『もう引退だね』って言われましたね」

夫の英断

「プロデューサーである夫は『イルカがこれから先、もっと大きくなって、ずっと長く歌ってくための二年間にしたい』って言ってくれたんだけど 。できるかな?って私は他人事みたいに思ってましたね。大丈夫?なんて言ってました」

ご主人は名プロデューサー神部和夫さん。イルカさんがソロになる前は二人はシュリークスというグループで活動していました。

イルカさんはソロになり1975年に出した「なごり雪」が大ヒット。以降、活動は俄然多忙になっていきました。

イルカ「だから、このまま忙しい忙しいでずっとやってたら、イルカが精神的にもね、性格的にもパンクしちゃうだろうなっていうこと感じてたんでしょうね」

小堀「そこから奇跡の復活とかカムバックっていう人がいるけど、あれからこっちの方が歴史は長いもんね。偉いもんですよ」

イルカ「偉くはなくて、みんな、皆さまのおかげでございます」と返すイルカさんでした。

冬眠の成果

「自分としては2年間の冬眠の間に、完璧に歌う側から聴く側になってたんですよ。でも、それが私にはとっても良かったみたいで。いろんな音楽をアマチュアの時と同じように楽しめるようになったって言うかな」

プロとして音楽活動をしていると、コンサートに行っても、どうしても分析するような聴き方になってしまうとか。しかし冬眠中は…。

「とにかく音楽は良いもんだなあって思えて、お腹中心(冬馬君妊娠中)の暮らししてましたからね」

不思議なめぐりあわせ

同名アルバムのラストを飾る曲「いつか冷たい雨が」は、もうひとつのイルカさんの原点です。

「これ、シュリークスの時に自然発生的に生まれた歌で、今でも歌ってます。動物だとか地球だとか未来だとか、そういうものについてみんなに聴いてもらおうと思った大きなきっかけになった歌ですね」

そこから、2004年に国際自然保護連盟の親善大使に至るまで、道筋は繋がっていたようにも見えます。

イルカ「ちっちゃい頃は、野生生物の仕事をしたいとか獣医さんになりたいとか思ってたので、違うところに立って歌ってるなって思ってたんです。
だけど、こういう歌を歌ってたから、いま学者さんと一緒に野生生物の仕事をさせて頂いてるんです。気がついたらそうなんですよ」

小堀「だって、ミュージシャン名が"イルカ"ですから。なるべくしてなってるようなもんですよ」

イルカ「これも不思議な巡り合わせよね。クフフ」

独特な死生観

8月15日に亡くなった漫画家のさくらももこさんとイルカさん。声質も似ていますが、それをネタにさくらさんのラジオ番組に出演するなど大変親しい間柄でした。

アニメ『ちびまる子ちゃん』(フジテレビ系)第2期のエンディングテーマ「針切りじいさんのロケン・ロール」には、これまた声の似た声優のTARAKOさんとコーラスで参加しています。

「ももこさんは素晴らしい作品と、なんと言っても、私たちに素晴らしい世界観というものを残してくださったんです。それはもう本当に大きなことでね。まさか、こんな早く亡くなると思ってなかったから、もっともっと、ももこさんには直接感謝するべきだったって、みんなが思ってますね」

「人間、年齢とか長さではなんです」と言うイルカさん、生きているうちの身体は神様からの借りものだと感じているそうです。

イルカ「いつも、おばあちゃんに、物を借りたら人に返す時はもっと綺麗にして返しなさいって、よく言われたから、ますます奇麗にしてお返ししなきゃと思ってるんです」

小堀「大丈夫です。もう何十年も『去年よりずっときれいになった』って言ってんだから」

アーカイブ・シリーズは終活?

現在、第5弾まで発売されているイルカ・アーカイブ・シリーズ。毎回ライナーノーツは自分自身で書くそうです。

「昔の歌のノートとかひっくり返して、これ、こんな時に書いたんだとか、いろんなことを自分でも思い出すんですね。その時のことがパッと走馬灯のように蘇ってきて。アーカイブ・シリーズ出すのは、なんか自分の終活の一環のような感じです」

第5弾として『いつか冷たい雨が』と同時にリリースされたのが『あしたの君へ』。こちらは渋谷公会堂で行われたライブ盤です。イルカさんは1978年12月14日に冬馬君を出産し、翌1979年6月頃からコンサートに復帰します。

「その12月で、しかも自分の誕生日(12月3日)の前日なので、なんかとても感慨深いものがありましたね。メンバーも凄いんですよ。錚々たるメンバーで、よくこんな凄い人たちとずっと一緒にツアーやってたなって思います」とイルカさん。

当時のメンバーはギタリストの石川鷹彦さん、様々な楽器をこなす名ミュージシャン今は亡き木田高介さん、ヴァイオリニストの中西俊博さんなど。

「僕らにとっては、青春の日々にギターの教則本で見た、教科書の中の先生みたいな人たちですから」と小堀。

「音も、いま聴いてもやっぱり凄いなって思う。でも、みんな若いからテンポがずいぶん速いですよ。今もやってる曲だと、あれ?ずいぶんテンポ速いなって。お客さんの『イルカ~』って言う声も、みんな高くて可愛い。みんな10代だもんね」

また背中を押してもらった

『いつか冷たい雨が』の1曲目「ママのダイアリー」は歌手の石野真子さんから依頼されて作った曲だそうです。しかし当時、詞がちょっと幼いということで没になり、結局、イルカさん自身が歌ったということですが、石野さんはその後も気にしていたようです。

「今回復刻盤で出たんで、真子ちゃんに送ったの。そしたら、『ありがとうイルカさん、ライブで最近歌ってるんですよ』って真子ちゃんからハガキもらって、また大きな背中を押してもらいました。送ってよかったなと思った」

「今度は電話ではなく、直に逢いましょう」と言う小堀勝啓に、「お互いの健康チェックしながらね」と言うイルカさんでした。 
(尾関)
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2018年09月16日08時22分~抜粋

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