エレファントカシマシの宮本浩次さんが、CBCラジオ『小堀勝啓の新栄トークジャンボリー』に出演し、デビュー30周年を迎えた心境を語りました。
エレカシ30周年 まさに宮本浩次こそファイティングマン
デビュー曲名がベスト盤のタイトルに
エレファントカシマシ30周年記念で発売された、2枚組オールタイムベストアルバム『THE FIGHTING MAN』。
初回限定版には特典としてDVDが封入されており、ファーストアルバムの1曲名の「ファイティングマン」も収録されています。
「まだ若く初々しいころの映像があるんですが、俺にもあんな時代があった、という思いはありますか?」という小堀の質問からインタビューは始まりました。
「デビューしてすぐぐらいに、東京の渋谷公会堂で『電気点けっぱなしライブ』ってのをやったんですよ。で、こないだ発見されたその時の映像がこれです」
なぜ電気を点けっぱなしになったのかは、当時の事務所のマネージャーとやスタッフが、エレファントカシマシは生々しいやつらだから、それなら電気点けっぱなしでより生々しくやろう、と企画したそうです。
「『ファイティングマン』は今回のベスト盤のタイトルになっちゃったりとか、コンサートでも、これをやらないとファンも僕たちもライブが締まらないぐらい、大事にしてきて成長した曲です。だから、すごく感慨深いものがありますね」
7年目のファイティング
今でこそ、押しも押されぬバンド、エレファントカシマシですが、1988年にデビューして6年後の1994年にはレコード会社との契約が切られ、さらに所属していた事務所も解散という危機がありました。
「ショックでしたねえ。バンドのみんなはバイトしてたりするんだけど、僕なんかは大学3年の時にデビューしてたもんですから、何にも属してない時期ってなかったんです。すぐもう、そのままデビューして、事務所もあったし、給料ちゃんともらって契約してたのが、スッともう何もなくなっちゃったんですよ」
自分たちのロックができた
高校生の時、ギターの石君(石森敏行)とミック・ジャガーとかキース・リチャーズに憧れ、4人でいるだけでもかっこよく音が聞こえてくるようなバンドになりたい、と語り合っていた宮本。
デビューは叶うものの、あっさり契約切れがやってきました。
この後にできた曲が「四月の風」であり、エレカシ最大のヒット「今宵の月のように」でした。
「この時までは、ロック的なものに憧れてたのかなあと思いますね。キース・リチャーズとミック・ジャガーの歌の絡みとか、そういうものとまた全然違う、僕らがイメージしたロックとは違うもの。それでいて、ストレートな思いを歌ってる自分たちのスタイル。契約が切れて初めてそういう形ができたのかなって思いました」
契約とともに自分たちの縛りも切れ、ステップアップに繋げていく。これもまた、彼らの闘いだったのです。
カバーする時、される時
エレファントカシマシは松任谷由美の「翳りゆく部屋」をカバーしていますが、一方でより若い世代のミュージシャンから自分たちの曲をカバーされることも増えました。
「例えばユーミンの曲を歌う時に、曲に対する敬意みたいなものが全部出るから、まず失礼があっちゃいけない。尊敬する歌だから丁寧にやります。僕らの歌を歌ってくれるのを聴いて、ある種、原曲よりすごく豊かになってるような、解釈されてることがあり、なるほどと。それで自分たちの曲も疎かにしちゃいけないって学び直したりする」
また、自分たちの曲だから少々ラフにやることがあったのですが、いまツアーでは、原曲に近い形で丁寧に演奏するようにしているそうです。
ロジャー・ダルトリーの歌声に号泣
宮本はザ・フーの東京公演に行った思い出を語ってくれました。
「(曲が発表された当時と)同じキーでロジャー・ダルトリーが歌ったんですね。そりゃあ嬉しかったですね。もう何年前だろう。ザ・フーが来た時だから70近い時のザ・フーが同じキーでね。往年のヒットナンバーを歌ってくれたんですよ。僕は、ザ・フーに対しては、大好きなんですけど、ストーンズとかツェッペリンに比べると思い入れがなかったんです。でも号泣しましたね」
ザ・フーの来日は2008年。当時、ヴォーカルのロジャー・ダルトリーは64歳。この歳まで同じように歌い続ける姿を見れば、号泣必死でしょう。
最後に「なんかそういう自分の持ち味をね、なんとかこう爽やかに、その歳なりにやってけれたらいいですよね」と語ってくれた宮本でした。
宮本は現在50歳。来日時のロジャー・ダルトリーの歳まであと14年。それまで歌い続けてほしいですね。14年後に向けて小堀もファンも号泣準備OKです。
おっといけない、その前に、今年のエレカシ30周年記念ツアーで泣きましょう。
(尾関)
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