2017年8月29日(火)

実は「兄弟船」は違う歌だった。鳥羽一郎デビュー裏話

小堀勝啓の新栄トークジャンボリー / エンタメ

8月25日でデビュー35周年を迎えた歌手の鳥羽一郎さんが『小堀勝啓の新栄トークジャンボリー』に出演しました。

ショーン・コネリー主演の『未来惑星ザルドス』という映画がありました。その中で、空を飛ぶデカい石の顔が出てきましたが、それぐらいド迫力の鳥羽さんです、とはパーソナリティの小堀勝啓の弁です。

勝手に作った鳥羽一郎コーナー

鳥羽一郎さん、実は小堀勝啓とは長いお付き合い。
鳥羽さんのデビュー当時、小堀は『わ!ワイド』という深夜番組をやっていました。

番組の中にクラウンレコード提供のコーナーがあり、そこで毎日「兄弟船」が流れました。まだ鳥羽さんは有名ではなく、若者の番組なので、リスナーには違和感もありました。

「『なんだ、この人?サーフボードに大漁旗立てて乗ってるんじゃないの』とか、勝手にリスナーと盛り上げってるうちに、ご本人に一度も会ったことがないのに鳥羽一郎のコーナーができて」

鳥羽さんとの衝撃的な出会い

「そうしたら、鳥羽さんがキャンペーンで名古屋に来てる時、タクシーで聴いてて『こいつ、俺に会ったこともないのに、何言ってるんだ』と、CBCにいきなり来たので、もうビックリ!そこからのお付き合いですよね」

当時を振り返る小堀。

「そうそう。あれがあったおかげでさあ。あれはあれでよかったのよ。今はそういう番組、あんまりないじゃん」と豪快に笑う鳥羽一郎さん。

いきなり来て、生で入って大騒ぎして。なんでもありのいい時代でした。

内弟子時代

鳥羽さんは遠洋漁船の船員を経て、作曲家・船村徹さんの内弟子になります。
同時期にデビューした田原俊彦や近藤真彦はまだ10代。鳥羽さんは、かなり遅いデビューでした。

「デビューしたのが30歳の時でした。船村先生んところに内弟子で3年いましたから、この業界に入って、それこそ、38年ぐらいになるのかな」

内弟子の間は住み込みで、雑用など様々なことをしていたそうです。

「うちの先生に最初に言われたもん。『歌を教えてもらいたかったら、他の先生んとこへ行きなさい。うちは教えません。うちは人間修行だから』って」

鳥羽さんは、言葉使いをよく指摘されたそうです。

「三重弁って、ちょっとこう早口で、どことなく訛りがあるでしょう。それはそれでいいんだろうけど、そういうものを直していかないと、歌い手にはなれませんっていうことでね」

「兄弟船」はデビュー曲じゃなかった?

船村先生から「兄弟船」を書き下ろしてもらった時の心境は?

「いやあ、嬉しかったですねえ。あんときはねえ。でも、あれは、デビュー曲の候補じゃなかったんですよ」

「兄弟船」はデビューの一押しの曲じゃなかったんですか?

「書下ろしで4曲ぐらい書いてもらったの。その中に『兄弟船』があったんだけど、本当はデビューの候補じゃなかった。後で出しましたけど『南十字星』っていう歌と、『流氷オホーツク』っていう歌。このどっちかが、おまえのデビュー曲だって言われたの」

レコード会社の社長は「流氷オホーツク」を押し、船村先生は「南十字星」を押し、「兄弟船」は影に隠れてしまったそうです。
鳥羽さん自身は「兄弟船」が凄く良いと思っていたそうですが、

「そんなこと言えないじゃないですか。先生方に」

いろいろと関係者をまわって意見を聞いたところ、「兄弟船」の評判がよくて、デビュー曲は「兄弟船」に決まったそうです。

兄弟船は違う歌詞だった

「あれね、新聞社の募集歌。一般の方から詞を募集して、入賞するとプロの先生が曲をつけるという企画があったの。それで北海道の方の新聞で、入賞したのに、曲つけるから発表会で歌って来いって。歌った歌の歌詞が、今の『兄弟船』じゃないのよ」

最初は一般の人が書いた、そのまんまの詞だったそうです。内容は北方領土が故郷の漁師の歌。

 「政治的にちょっと具合悪いっていうんで、作詞家の星野哲郎先生が全部変えちゃったわけ」

今の「兄弟船」だと、日本全国どこの港町の漁師の人でも、自分の歌だと思って聴いています。
さすがプロの作詞家。名曲には誕生秘話があるんですねえ。

小堀、NHKに提案があるんだけど

今回、35周年記念シングル第3弾が「海賊の舟歌」。
ジャケット写真は、鳥羽さんが黒いロングジャケットをなびかせ、日本刀をタンッとついて、後ろに波しぶき。
「海賊」と言っても強盗をするならず者ではなく、三重県の九鬼水軍の歌です。

「水軍武将、九鬼嘉隆の歌です。織田信長が燃えない船を作れっつうことで、船に鉄板を貼った鉄甲船を作って、繰り出して行ったんですね」

小堀よ「主題歌はこれで、NHKの大河ドラマで九鬼嘉隆を、推薦したいですけどね」とイチ押しの曲です。

「良いと思いますけどね。脚本家の内館牧子さんに言ってみますかね」と言う鳥羽さんですが、「鳥羽さんも、どこかカメオ出演で」と言う小堀の言葉にやたら焦ります。

「あんまり、そういうのは好きじゃない。俺のは、もう芝居じゃないもん。嫌で嫌でしょうがないんだから」

本当に芝居は勘弁して

その言葉に、小堀も指摘します。

「好きじゃないって、僕は、鳥羽さんの舞台を何回も見てるから言わせてもらいますが、歴史ある中日劇場の、数多の座長の中で、あんなにセリフを覚えない人はいないです」

「他の通行人みたいな役があるんですよ。悪いけど、俺、これにしてくれる?って脚本家に言ったことあるもん。そうしたら『何を言うんですか』って言われちゃった」(鳥羽さん)

「鳥羽さんは殿様の役で出てて、周りの人が、鳥羽さんが忘れたセリフを全部『こうこう、こうでございます』ってフォローして。鳥羽さんは『うむ』って言うだけ。でもカッコよかった」(小堀)

「もう、本当に、芝居は勘弁してください」

鳥羽さん、芝居は相当ダメなようです。

二人の息子も歌の世界へ

鳥羽さんには二人の息子さんがいます。
長男・木村竜蔵さん、次男・木村徹二さんは兄弟デュオ「竜徹日記」として活動中。ちなみに鳥羽さんの本名は木村嘉平。
やはり、お二人から相談を受けたりするんでしょうか?

「いや、何にも言わないし。俺も何も言わないし。あんまり色んなこと言うとさあ、なんか古臭いよって、言われるんじゃないかと思ってさ。あんまり言わないんだ」

でも竜蔵がCBCに来た時、お父さんの中で「ハマナスの眠り唄」が俺の一番好きな歌ですよ、って言ってました。
一瞬照れたような声を出す鳥羽さん。

「弟がね、演歌がうまいんですよ」

微妙に話題を逸らします。

「(竜蔵さんは)ダメなんだよ。カラオケでやると、弟はうまいんだ。良いコブシしてるのよ」

両方いい味出してるから、二人が組んだ意味があるのでは?三人でトリオを組んだらどうですか?

「家では、まず歌の話はしない。色々、アドバイスするんですか?とか、よく聞かれるんだけど、なんにもしません」と鳥羽さん。
ぎこちない朴訥さが昭和の親父という感じです。

デビューして35年が過ぎ、次の40年も楽しみです。

このエリアでの鳥羽さんの公演は、11月28日火曜日に四日市文化会館で行われます。午後2時と午後6時の2回公演。ド迫力の歌声をぜひどうぞ。
(尾関)

アーカイブス

同じカテゴリー

|
facebook twitter hatebu line